『るろうに剣心 裏幕 -炎を統べる-』
和月伸宏/黒碕薫 集英社 \650+税
(2014年10月3日発売)
幕末に名を馳せた「人斬り抜刀斎」こと流浪人・緋村剣心が、新時代に不殺の誓いを守りながら強敵と戦う剣客マンガ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』。
大ヒット中の実写映画版でも印象的な、作中最凶の敵・志々雄真実の一派「十本刀」旗揚げを描いた前日譚が、この「裏幕」だ。
本作で特にフォーカスされるのは、のちに志々雄の恋人となる女、駒形由美。一流の花魁だった頃の由美と、部下の集結を待つ志々雄が、吉原で出会う経緯を中心にストーリーが展開する。
権力と武力に酔う軍属の一団が遊郭にもたらした惨劇と、それを圧倒的暴力で蹴散らす志々雄&十本刀の姿をとおして、由美に示される弱肉強食の理念。
由美がどのように志々雄へ共感し、どうして志々雄のためなら喜んで命を投げ出すほどになったのか。その根拠を掘りさげた本作は、由美の人生を描いたドラマといっても過言ではない。
駒形由美というキャラの大きな背景として描かれるのは、史実の、とある出来事である。
明治政府は諸外国から「日本の遊女って人身売買契約じゃない?」とツッコまれていた(くわしくは「マリア・ルーズ号事件」を調べてみよう)。そこで体面を保つために政府がとった策は「遊女や女芸者は牛馬みたいなもんだから人間社会の借金から解放してやるよ、人の権利もないけど」という酷い定義だった。
由美はまさにこの波をもろにかぶって、人間/女性の尊厳を奪われた存在なのだ。
本作は、『るろうに剣心』本編に対するサイドストーリーとしての「裏幕」であると同時に、志々雄に対する由美という「裏幕」を描いている。
さらにまた、明治を平和な新時代として守る剣心の時代観に対して、その明治に蹂躙される弱者の怒りにまわり込んだ「裏幕」でもあるのだ。
なお、本書は同じ物語を十本刀の幹部・百識の方治こと佐渡島方治の視点でつづった小説版も収録。和月作品へのストーリー協力で知られる小説家の黒碕薫が執筆を担当している。
おっとりした性格の遊女と方治の関わりが泣かせどころなので、注目してほしい。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。プリキュアはSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7