『繕い裁つ人』第1巻
池辺葵 講談社 \600+税
今では、あたりまえのものになっている洋服。その洋服が礼服として日本で正式に採用されたのは、明治五(1872)年のこと。11月12日付で「礼服には洋服を採用す」という法令が出されて、これ以降、公家風や武家風の和服の礼装は公式の場では廃止となった。
これにちなんで、東京都洋服商工協同組合は11月12日を「洋服の日」に制定している。
当時としては敷居の高かった洋服だが、今ではフォーマルとしてはもちろん、カジュアルな服装としても身近になっているだけに、手軽さや手頃さばかりがもてはやされるようになっている。
そんななかで、着る人が生涯寄り添える服作りにこだわり続けているのが、池辺葵『繕い裁つ人』の主人公・南市江だ。中谷美紀主演で映画化もされる本作は、着ること、そして生きることについても考えさせられる作品となっている。
祖母の志を継いで洋裁店の店主を務める市江が作るのは、そのお客さんに合った、その人だけの洋服。職人としてのこだわり、人としての想いをもって、彼女は古いミシンで服を縫いあげていく。
シンプルなのに心も身体も見事に包み込む市江の洋服は、作者が描き出す素朴で胸沁みる描線と世界観そのものだ。市江の作る洋服、才能と人柄に魅せられている百貨店企画部の藤井との恋も、本作のエッセンスとなっている。
あたりまえで身近だからこそ、洋服は大切なもの。本作の温かで優しい作風に包まれながら、本当に自分にとって着心地のいい服についても考えさせられるはずだ。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌「ぴあMovie Special 2014 Autumn」が9月17日に発売に。『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』パンフも手掛けています。