『火傷と爪痕』
雨隠ギド 新書館 \600+税
(2015年2月28日発売)
女の失恋の傷がきれいに塞がる切り傷なのに対して、男のそれはいつまでも残る火傷の痕だという解釈に掛けて、『火傷と爪痕』。まず、このタイトルがいい。
BL作品は、文学性やインパクト、笑いにおいても秀逸なタイトルが多いのだけれど、雨隠ギトはなかでもタイトルづけの名手。
百合作品の『終電にはかえします』も、青年誌連載の代表作『甘々と稲妻』も秀逸。
そしてもちろん、『火傷と爪痕』は、中身もまた秀逸だ。
主人公は、出版社勤務の古賀正宗。編集者として、衝撃的なデビュー作で大ベストセラー作家となった名島健の担当をしているが、名島はデビュー以来6年、なぜかなにも書こうとしない。その性格もあって、のらりくらりとかわしてばかりだ。
一方の古賀は、元来の生まじめさからも名島に筆を取ってほしいと思っているが、なにより彼は名島のファンで、デビュー作に感動し、引きこもりから抜け出した過去がある。
しかし名島にはそのことは言えないままで、しかも女にも男にも節操のない名島に、酔った勢いでホテルに連れ込まれたことから、警戒心もぬぐえないでいて……。
ラブコメディの要素もあって気軽にも楽しめるが、タイトル同様、ハッとして、グッとくる言葉や描写もまた満載だ。
かつて引きこもりだった古賀。それは学生時代、「みんな 普通のことをちゃんとしてくれない」とまわりをどこか拒絶していたことで、結果まわりから拒絶されて、避けられるようになってしまったからだ。
そんな古賀だけに、さまざまな意味で、名島にもちゃんと向きあわざるをえない。そんな不器用さがリアルだ。
思えばBLのおもしろさとは、つかみのうまいタイトルに加えて、男の内面が、弱さや愚かさや汚さもあわせて、さらには性欲も含めて、ひとりの人間として心情的にじっくりきちんと描けているということなのだと思う。
また、名島にも過去があり、それが彼が書けない、書かない理由になっているのだが、そこにひとりの女性が絡む。
この女性の描き方も抜群で、男女の人間的な性差が、そしてタイトルも生きてくる。
「男性も読めるBL」という言い方があるけれど、主人公が男で、なんであれ男たちの世界が描かれているということでは、BLは男こそ読んでみるべきものなのかもしれない。
『火傷と爪痕』は、そんな納得感と説得力がある。
心情的に男が沁みるマンガで、男に染みる作品。読めばそれこそ心地いい痕になって胸に残る、楽しくも文学的な人間ドラマだ。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌『ぴあMovie Special 2015 Spring』が3月14に発売に。映画『暗殺教室』パンフも手掛けています。