新装版『「坊っちゃん」の時代 凛冽たり近代なお生彩あり明治人』
関川夏央/谷口ジロー 双葉社 \1,200+税
1890年(明治23年)4月4日。この日、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が、初めて日本の土を踏む。
到着したのは横浜港。それから知人を介して職を探し、島根県の松江尋常中学校での英語教師となる。
彼が愛した松江に実際に行くのは、この年の8月30日、小泉セツと結婚したのはその翌年だった。
マンガにとりあげられることは意外と少ない小泉八雲だが、『「坊っちゃん」の時代』では美しいエピソードの主として登場する。
といっても、タイトルからわかるとおり、本作の実際の主人公は夏目漱石。この本には、漱石が『坊っちゃん』という小説を思い立ち、書き上げるまでの様々なできごと、そして時代の流れがすべてつまっていると言っても過言ではない。
漱石と八雲の接点は、ともに東京帝大の英語教師の職に就いたということ。1903年に八雲が辞した後、夏目金之助(漱石)が後任となった。
直接の関係はない。だが間接的とはいえ、このマンガのなかで非常に大きな存在感を醸し出している――それが小泉八雲の挿話だ。
漱石は、『坊っちゃん』のなかに、無教養な外人教師を排斥するくだりを入れようとした。その構想を聞いた堀紫郎(当時のインテリ侠客。ハーンと親交があった)が、ハーン先生のことを静かに語り出す。
ハーンの語る、いくぶん片言の日本語。その風情が、またたまらない。
日本を愛し、日本に帰化したハーン。だが日々西洋化・近代化を目指し邁進する当時の日本にとっては、彼は逆行するような存在だった。
ハーンが病を得、亡くなるまで、たかが3ページ、されど3ページ。涙なくしては読めない3ページだ。
そしてこの話を聞いた漱石の、言葉では何とも表現しがたい反応、その表情。ぜひその目で確かめていただきたい。
ハーン以外にも、じつに興味深い人物がそろっている。
樋口一葉を懐かしむ森鴎外、強烈な個性の持ち主・平塚らいてう……。文学者だけでなく山県有朋や桂太郎などの政治家も含め、彼らの生きた「明治」という時代がここにある。
解説の高橋源一郎の言葉を借りよう。
「わたしが日頃読み親しんでいた評論や小説の中にではなく、マンガの中に、『文学』が存在していた」
このマンガの醍醐味は、まさにこれだろう。
日本文学を愛するすべての人に捧げたい1冊だ。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
ブログ「この青はきみの青」