『今日を歩く』
いがらしみきお 小学館 \537+税
(2015年3月13日発売)
あとがきでも触れられている前作『I【アイ】』が「見れば、そうなる」作品であったとすれば、この『今日を歩く』は「歩けば、そうなる」作品とでもいうべき強度に貫かれている。
本作はいがらしがこの15年毎朝、決まったルートを歩きつづけてきた、散歩をモチーフとしたエッセイマンガだ。
しかし「散歩をモチーフとしたエッセイ」というフレーズから連想されがちな、健康志向のハウツーものや自然志向のスローライフものといった健やかな枠にはやすやすとおさまらない。
ここでは、かわり映えしない日々の道のりが、いがらしの目を通すことで途端にスリリングな(そしてどこか仄暗い欲望に支えられた)冒険譚として立ち現れはじめるのだ。
朝の散歩のなかですれ違う人々や街の風景、またはそれらが月日とともに少しずつうつろっていく様を目にするとき、いがらしは妄想を膨らませる。
なぜそうなったのか、真実はわからない。しかし、そこにある痕跡から、こうだったのではないかと思い描く。その愉悦。
いきおいここには、物語でも非物語でもなく、現実を前にイマジネーションが物語をつむぎ出す瞬間の物語が活写されているとも言える。
日常のなかを歩くこと。フィクションのなかで冒険すること。
いがらしの歩みは、この両者のあいだを軽々とふみ超えてゆく。
歩けば、物語は生まれる。
あなたがページをめくるごとに、いがらしは歩く。
<文・高瀬司>
批評ZINE「アニメルカ」「マンガルカ」主宰。ほかアニメ・マンガ論を「ユリイカ」などに寄稿。インタビュー企画では「Drawing with Wacom」などを担当。
twitter:@ill_critiqeu