『源氏』第1巻
高河ゆん 新書館 \480+税
時は承久3年(1221年)、世に名高い承久の乱が起こる。当時の朝廷が、鎌倉幕府に対して戦を起こしたのだ。 朝廷側の首謀者たる後鳥羽上皇は京都で諸国の兵を集め、北条義時討伐の命令を下した。
それに対し、幕府側でいち早く立ち上がった女性がいる。
源頼朝の正室であり北条義時の姉、北条政子だ。
それは後鳥羽上皇が院宣を下してから6日後の今日、6月10日(旧暦5月19日)のこと。
政子は御家人たちを集め、涙ながらに大演説を行う。その内容をざっと書き下してみよう。
「みなさん心をひとつにして聞いてください。
亡き頼朝が幕府を開いて以来、御家人たちの生活は楽になったはず。
その恩義を忘れて、自分たちを滅ぼそうとする朝廷側についた武士たちがいる。
その者たちを討伐するのです。
もしここに上皇側につこうと言う者がいるのなら、この場で申し出なさい。
そして私を殺し、鎌倉を焼き払ってから、京へと行きなさい」
鎌倉の御家人たちはこの演説に心動かされ、およそ20万の大軍があっという間に京へと上り、上皇側は敗北することとなった。
武士たちとしては、鎌倉の世になって楽になった生活を守りたいというのも、もちろんあるだろう。
だがやはり、演説の力は大きかったはずだ。
彼女の言葉に、また政子自身のパワーに心打たれて、武士が気持ちをひとつにして立ち上がり、その勢いのままに一気に京へ行く。
だからこそ、幕府軍は強かったのではないか。
さて今日は、このエピソードから想起するマンガをご紹介したい。
『源氏』は、『アーシアン』と並ぶ、高河ゆんの初期の代表作だ。
著者本人が「SF鎌倉史高河ゆん版」と称しているが、現代日本と「日本国」を行き来して綴られる物語で、日本国のほうでは今まさに、源平合戦の真っ最中。
主人公である江端克己(えばた・かつみ)は16歳。
2つ年上の最愛の恋人、長谷川桜が姿を消したのを知り、克己は彼女を追って日本国へ。
そこでは毒矢に命を落とした、源頼朝の通夜が営まれていた。
そして克己が「源氏」こと亡き頼朝にそっくりなことが判明し、軍師である弁慶は、克己を源氏の身代わりに仕立てようと言い出して――。
残念ながら現時点では未完ではあるのだが、ともかくこの『源氏』は、独特の圧倒的なエネルギーに満ち満ちている。
破格のスケール、驚異のペースで同人誌を作っていた彼女が、そのパワーと勢いをそのまま商業誌に持ちこんで描いている。
当時たくさんのアンチと、それを呑みこんであまりあるほどシンパとファンがいたはずだが、それだけの人々の感情を動かした理由はこのマンガにしっかりと記されている。
だれかが好きで、大事でたまらないと感じること。
それは心を、身体を、魂のすべてを駆り立てる強い力だ。
この『源氏』の主なキャラはほとんど、そんな想いを持つ者たちで構成されている。
「桜がいなければ」「桜だけで!」「おまえが俺のすべて」――とにかく、桜を求め続ける克己。
また兄である源氏にぞっこんの義経、その義経が大切で仕方がない弁慶。
それは平家における、清盛も嵯峨空也も同様だ。
著者が生んだ“子どもたち”は、じつにすごいバイタリティの持ち主であり、もちろんすべてが親譲りなのだと思う。
物語にはBL要素も普通に織りこまれ、それが自然に感じられる不思議な空間だ。
発行は1988年。時代の常識を吹き飛ばすような作品だったし、今もなお、その独特の世界は色あせていない。
あらためて読んで、思うのだ。
マンガを読むというよりも、高河ゆんそのもののエネルギーに触れたくて、彼女の世界に巻きこまれたくてページを繰ったのだと。
それは北条政子に感化されて、ひと息で京へと攻め上った鎌倉武士の気持ちと、どこか相通ずるものがあるのではなかろうか。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
ブログ「この青はきみの青」