『光る風』
山上たつひこ フリースタイル \1,900+税
(2015年3月30日発売)
山上たつひこが1970年4月から11月にかけて「週刊少年マガジン」にて連載した『光る風』が新装版で復刊された。
再び軍国主義の道を歩もうとしている1970年以降の仮想日本を舞台に、ある青年が権力に抗いながらも無惨に敗北する姿を、公害問題、安保闘争、ベトナム戦争など、当時の社会情勢をリアルに盛りこみながら描いた本作は、『がきデカ』のヒットで知られる著者によるシリアスな「社会派作」として、これまでに何度も様々な形で単行本化されてきたため、とっくの昔に読んだ、という人も少なくないだろう。
私自身、初めて読んだのは'97年刊行のちくま文庫版だが、今回久々に読み返してみると、あらためて「これって今の日本じゃん!」と、その予言的内容に愕然としてしまった。
「愛国心」という言葉をふりかざしながら、狂気へと突き進んでゆく政府と、それを狡猾に操る、巨大な権力。
いとも簡単に洗脳され、人間性を失ってゆく人々。熱い志をもち、団結してそれに抗おうとする若者たちも、容赦なく踏みにじられ、やがて虚無感にからめ取られてゆく。
そんな全体主義の恐怖や、人間の弱さや醜さを、これほど辛辣に生々しく描いた作品はいまだほかにないだろう。
とはいえ、本作が真に「傑作」たりえるのは、そんな愚かな人類の物語を近未来SFというスタイルに託した点にある。
主人公の若者の「いまのぼくが、むかしの若者にたいして いだくあわれみにもにた感傷を……やはり何十年かののちに生きる若者がいまのぼくたちにたいしてもいだくのだろうか?」という自問。
あるいは、「おれたちの時代はあやまちを ゆるされないんだ! なぜなら これとまったく おなじあやまちをくりかえすなんて 人間のすることじゃない! それともきさまら けものかよ!? 人間じゃないっていうのかよ!? (中略)おまえらは ひどいめにあわなきゃ わからないんだよ!」という叫び。
これらが2015年に生きる読者の声と重なったときに、過去・現在・未来――という概念は音を立てて崩れ落ち、荒涼した風景が目前に立ち現れる。
その次元がぐにゃりと歪むような読後感こそ、本書のほかにはない魅力だろう。
今回のフリースタイル版は、連載時に評判が高くかつ物語の一部になっているものもあった「扉絵」をすべて収録。原本にあたることで初めて確認された「ページ抜け」を補足。
また、コマがトリミングされていたものも元通りに正し、出版の度に改竄(改悪)されていたという台詞もいったん最初の状態に戻したうえ、新たに著者によるチェックを施したという。
氏が後に小説家に転身した理由は、本書連載時に編集者に勝手にネームを書き換えられたから(漫画家でなく小説家だったら、そのような暴挙はされないだろう)――という逸話もあるだけに今回の版こそが、ようやく初めて世に出ることのできた「本当の『光る風』」といっても決して過言ではない。
以前の版で、すでに読んで持ってるという人も、2052円を払って再読する価値は大きい。
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69