『弟の夫』第1巻
田亀源五郎 双葉社 \620+税
(2015年5月25日発売)
『銀の華』『君よ知るや南の獄』など、数々のハードコアSMゲイコミックで知られる(というか、知ってる人は必ず知ってる)巨匠・田亀源五郎の一般誌初連載作品は、まさかの“ほのぼの系”ホームドラマ!
主人公と娘が2人暮らしをしている家に、ある日「マイク」と名乗る外国人男性がやってくる。なんとその人物は、カナダに渡った弟の“結婚相手”でもあった。
父と娘と“弟の夫”の奇妙な生活が始まる――。
このオープニングだけだと、ここから「主人公とカナダ人のプラトニック風味の愛欲もの」が始まるように思えなくもないが、さにあらず。
物語のベースになっているのはオープニングそのまま、「平凡で穏やかな日々を送っている主人公(たち)のところに、トラブルメーカーがやってきて生活がひっかきまわされる」という、日常型ホームドラマによくあるタイプのフォーマットなのだ。
漫画家としてのポテンシャルがタダごとじゃないとは感じていながらも、ここまで思い切った“新境地”で来るとは……というのが、マンガファンとして田亀作品を長く読んできた筆者の第一印象である。
では、この作品が “ほのぼの系コメディ”を単にやってみただけかといえば、もちろんそんなハズもなく、著者ならではの”仕掛け”もまたチラホラ。
マジョリティとマイノリティをめぐる問題提起、みたいな話は気軽に読みたい人の邪魔になることも多いのでサッと触れるだけにとどめるが、おそらく設定上のキモはマイクの人物造形だろう。
じっくり読むと、トラブルメーカーとしての役割を与えられているハズのマイクは、じつは今のところ「ゲイの外国人」であるだけで、温和で問題がない人物としてデリケートに描かれていて、むしろ “常識的な日本人”として設定された主人公(偏見に自覚がない)のほうが、勝手に動揺したり混乱したりしているだけ、という裏返った構図になっているのだ。
もちろん、読んでいて鼻白むような説教くささはなく、基本はウェルメイドな“ちょい萌え”ホームドラマなのでご安心を。
田亀マンガって気になっていたけど……という人には入門編として機能しつつ、あの田亀源五郎のソフト路線なんて信じられん、という読者からも「なるほど」を引き出すあたり、さすがの技巧派ぶり、であります。
ちなみに、1巻ラストで、それまで意図的に読者にミスリードさせていた設定上の仕掛けがいきなり炸裂して、これにもビックリさせられた!
【ロングレビュー】での紹介はコチラ!
<文・大西祥平>
マンガ評論家、ライター、マンガ原作者。著書に『小池一夫伝説』(洋泉社)、シリーズ監修に『ジョージ秋山捨てがたき選集』(青林工藝舎)など。「映画秘宝」(洋泉社)誌ほかで連載中。