『第三世界の長井』第3巻
ながいけん 小学館 ¥619+税
(2015年7月10日発売)
ながいけん閣下が帰ってきた! と喜びにわいたのが、本作の連載が始まった2009年のこと。そして1・2巻が同時発売されてから待ちに待った2年半、ようやく3巻目の登場だ。
ながい閣下が投稿雑誌「ファンロード」でデビューしてから、かれこれ30年近く。
ラクガキのラスカル軍団が「ヒアー」と追いかけてきたり、公害汚染で魚が全滅して飢えたスナ○キンの手足を縛って白骨死体としたり。シュールとバイオレンスが入り混じり、ハイテンションの疾走中に脱力の崖に落ちる独特の“間”が人気を集め、たちまち“投稿者”から“漫画家”へとクラスチェンジ。
そして1996年から「週刊少年サンデー」に連載が始まった『神聖モテモテ王国』は、空から降ってきて、みずからを父と自称してズボンを履かないファーザーと、いつも学生服の少年・オンナスキーが毎回ナンパに出かけてはヤクザにボコられるか警察に連行されるか犬に殺される(でもすぐに復活)。「貴様がなんでモテないかというと貴様だからだ」など真実すぎる言葉や「ゴーレッツゴー大人を殺せガッツじゃぜ♪」といった名曲(歌詞だけ)にハートを鷲づかみされた。
なのに……なぜいきなり連載を中止した――! わしらMNO(モテない男)を置いて――!!
その後「ヤングサンデー」の短期連載で『キムタク』(『モテモテ王国』の愛称)が一時的に蘇ったあと、新連載『第三世界の長井』がスタートしてうれしかったのなんの。
ストーリーはいたってシンプル。スーパーヒーローの主人公・長井が変身して宇宙人と戦い、地球を守る。以上。
しかし本作は、閣下ファンのなかでも上級者向け。主人公の長井は謎のアメリカ人でカタコトの日本語をしゃべり、「父親はディオに間接的に殺された」とか意味のわからないことを口走り、「ぬくもり棒」で変身しても棒立ちして横歩きで移動。
そのバックアップをする「博士」はどこかのアニメで見た顔でアタマにツノを生やし、秘密組織・ドングリーズと移動要塞で世界の軍事バランスを脅かす。登場する宇宙人たちも跳ビ跳ネサセル星人、爆破星人、女子中学生がラーメンを持ってるだけのラーメン星人、クッ付カセル星人は警官に追われて逃亡中。ワケがわからないよ!
もうひとりの主人公、帽子をかぶった少年が渡される紙に書かれた「アンカー」がその原因っぽい。
「博士は3機のゲットマシンに分離できる」「主人公はくさい分泌液を全身から出して敵を追い払える」といった子どもの思いつきみたいな設定どおりに長井たちは歪められてしまうのだ。長井のクラスメイトにすぎなかった「うるる」の髪の色がいきなり変わり、博士の娘とされたように。
セリフのキレも歌詞の冴えも衰えず、単発のネタをミニマルに繰り出すギャグマンガとしても楽しめる。が、もどかしい。
アンカー=設定が現実を捻じ曲げ、大きな物語が破壊された後のポストモダン世界を描くようでもあり、それ以上のようでもある。水面下にある全体像がまるで見えず、チラリとのぞく真実をつかんだかと思えば手からすり抜けるのだから。
ながい閣下がしょっちゅう休載されたために、年半ぶりとなった(拷問でした)3巻では、大きな進展がある。銀河連邦から派遣されたストーカー体質で恨みを抱く相手を「せいしんてきにころしくつじょくをはらす」しか考えてないマッハエースにはながいキャラの風格ある。さらに「僕がモテないのはどう考えてもライバひきょう隊」など、閣下が最近のアニメをチェックしてるのがわかったのも満足。
いやいや、それより一升瓶を抱えて胸にTのマークの奴がついに現れた! すなわち、この世界はあの作品と地続きだということ。
「アンカーにより歪む現実」がテーマのひとつである本作においては、単なるファンサービスじゃない。物理法則が支配するリアリティを持つ世界が、奴らのいるギャグ世界に変容していく未曾有の作品になる! かもしれない。
そして表紙には見慣れたマントと素足が……。あちらにも「10年失踪していた」「謎の記憶喪失」「かっこいいポーズを取る組織との関係」など、回収されてない伏線が山積みだ。
魅惑の突起物でもなでながら4巻を待つかにゃー。
<文・多根清史>
『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』『超ファミコン』(ともに太田出版)など。