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『鼻下長紳士回顧録』上巻 安野モヨコ 【日刊マンガガイド】

2015/11/09


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『鼻下長紳士回顧録』


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『鼻下長紳士回顧録』上巻
安野モヨコ 祥伝社 ¥1,200+税
(2015年10月8日発売)


復活でござる。
体調不良により長く休業していた安野モヨコが、8年ぶりの新作コミックス『鼻下長紳士回顧録』〈上巻〉を発売した。

復活を待ちわびたファンは、喜びの「お~尿~」(安野モヨコの名作『ハッピー・マニア』の主人公・シゲカヨの名ゼリフ)が止まらない。
装丁や口絵の美麗さからも、「チーム鼻下長紳士回顧録」の気合がビシバシ伝わってくるのである。

中身だってスゴイ。まず、絵柄がキレイ。作中に登場するお洋服から調度品まで、何から何までかわいく描かれていて、女子のユメ満載だ。
絵を眺めているだけでも、ドラマチックな世界観にうっとり。安野モヨコっぷりは、1ページ目から全開なのだ。

ストーリーだってスゴイ。人の欲望とはなんぞや? 変態とはなんぞや? といったことが、20世紀初頭のパリを舞台に描かれている。
働き口を求めてパリに出てきた純朴な田舎娘が、画家志望の青年と出会い、彼に貢ぐために娼婦となる……という、『牡丹と薔薇』も真っ青なドロドロっぷりにもグッとくる。

登場人物の濃さもイイ。
娼婦は娼婦として、ヒモはヒモとして、「それだ!」って感じで描かれている。何も足さず、何も引かず。とくに、主人公にたかるヒモ男の見事なゴロツキっぷりに萌える。
見た目がイイ男なのはもちろん、画家志望なところしかり、お金をあげると優しくなるところしかり、涙を流しながら「俺は絶対お前のこと離さない…」とか言っちゃうところしかり。
ヒュー・グラントとかに演じてほしい完璧なダメ男っぷり。

とにかく、「仕事も恋もダメで友だちもおらず、途方に暮れているだけの僕ちゃん」みたいな人は、『鼻下長紳士回顧録』にはひとりも出てこない。
だれも彼も、ギンギラギンになって己の欲望とがっぷり四つで組みあっている。全然さりげなくないのだ。たまんないでしょ。

SNSなどを通じて“外へ、『自分が人からこう見られたい』姿のうわずみを吐き出す”ことに慣れすぎた世のなかで、“内へ、純度100パーセントの欲望を、自分のためだけに、一滴残らず絞り出す”姿を描くことに堂々と挑んだ意欲作。
ページをめくるごとに現れる「鼻下長紳士」(鼻の下を伸ばして娼館にやって来る紳士)たちが、それぞれの心の奥にある欲望を見せてくれる。
みなさん、当然のようにド☆変態です。でも、自分の心の声にあらがえない正直さがかわいらしくて、うらやましくなる。ド☆変態だけど。

その変態っぷり、ぜひコミックスでご堪能あれ!



<文・片山幸子>
編集者。福岡県生まれ。マンガは、読むのも、記事を書くのも、とっても楽しいです。

単行本情報

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