365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。
6月16日はブルームの日。本日読むべきマンガは……。
『藤子・F・不二雄大全集 ユリシーズ』
藤子・F・不二雄 小学館 ¥2,000+税
アイルランドでは6月16日は「ブルームの日」とされている。
ブルームとは、ジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』の登場人物だ。
レオポルド・ブルームはアイルランドのダブリン市に住むハンガリー系ユダヤ人で、「フリーマンズ・ジャーナル」紙の広告取りをしている38歳の中年男性。1904年6月16日に、ブルームの身に起きたことを中心に描いたのが『ユリシーズ』である。
ジョイスは『ユリシーズ』以外にも、『ダブリン市民』や『フィネガンズ・ウェイク』でもダブリンを舞台にしている。そのため彼は、アイルランドを代表する国民的作家と評されることが多い。
「ブルームの日」にはジョイスの愛読者たちがダブリンに集まり、作中に登場する場所に“聖地巡礼”をしたり、当時の衣装を身にまとったりするのだ。大規模なフェスティバルとは言い難いが、熱心なファンによる愛にあふれた自主イベントといえる。
また、ジョイスは「20世紀のもっとも重要な作家のひとり」と評価されているので、文学好きであれば一度はチャレンジした経験があるのではないだろうか。
しかし、ジョイスの小説はとにかく難解である。なにしろ文章が、造語を多用したり、句読点を使わなかったり、既存の文法を無視したり……と、文章表現の様々な可能性を追求しており、「意識の流れ」という実験的な手法を用いているのがその理由だ。
“普通の”小説を読む感覚で手を出すと、何が書かれているのかさえ理解できないだろう。
『ユリシーズ』のストーリーは、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』と対応している。
そもそも「ユリシーズ」とは「オデュッセウス」のラテン語形(UlixesあるいはUlysseus)の英語読みであり、『ユリシーズ』の章構成(全18章)に「オデュッセウス」の章タイトルが副題としてもうけられていることからも、『オデュッセイア』を下敷きにした作品であることは明白だ。
英雄オデュッセウスは小市民ブルームに、貞淑な妻ペーネロペーは浮気している妻モリーへと置き換えられており、つまり『オデュッセイア』の知識があれば、『ユリシーズ』をより楽しむことができるというわけである。
『オデュッセイア』は、イタケーの王オデュッセウスが10年続いたトロイア戦争に「トロイの木馬」の作戦で勝利し、その帰路に激しい嵐に見舞われて、およそ10年におよぶ漂流の旅を強いられる一大叙事詩である。
それをわずか64ページのマンガにまとめたのが藤子・F・不二雄『ユリシーズ』だ。
かなりダイジェスト版になっているが、ひとつ眼の巨人キュクロープス、魔女キルケー、船人を歌声で惑わすセイレーンなど、有名なエピソードはバッチリとおさえている。
藤子版『ユリシーズ』の初出は「たのしい三年生」(講談社)1957年6月号の別冊付録。
巻末の藤子・F・不二雄による「あとがきにかえて」(初出は国書刊行会『付録漫画傑作選 別冊』)によると、この当時は悪書追放運動(マンガに対するネガティブキャンペーン)が全盛であり、そうした批判をかわすことを意図して「世界の名作」のマンガ化が企画され、その一端として本作が描かれたそうである。
ユリシーズ(オデュッセウス)を少年に、妻ペーネロペーを母親に、息子テレマコを弟に変更するという、幼年マンガならではの読者層への配慮は施されているものの、『オデュッセイア』の大筋を把握するにはじゅうぶんな内容だ。
「ブルームの日」にちなんでジョイスの『ユリシーズ』にチャレンジするなら、まずは藤子版『ユリシーズ』を読み、『オデュッセイア』のストーリーラインを把握しておくことをオススメしたい。
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでの漫画家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama