日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『イイタさんペイロード』
『イイタさんペイロード』 第1巻
玄鉄絢 コアマガジン ¥1000+税
(2016年6月25日発売)
「コミックホットミルク」誌で2010年に連載開始し、現在は「コミックメガストアα」で連載中の4コママンガ(非アダルト)が、このたび単行本となった。
主人公・イイタさんは仕事もせず友人の営む下宿でゴロゴロ居候していたが、家賃未払いがたまってとうとう追いだされてしまう。
たったひとつの財産となったミニバンに乗ってあてどなく走るイイタさんが、箱根のパーキングエリアで出会ったのはお調子者の天然娘・リリィ。
リリィが持つバッグに札束がみっちり詰まっているのを見た文無しイイタさん、下心を燃やして親切な人ぶり、車に乗せて送り先をたずねてみれば「富士の樹海まで」という答え。
えっ、まさか!
ぎょっとして話を聞くと、いや、べつに当人が命を絶つつもりはないようだ。
なんでもリリィは、最近死んだ父親の遺言で、富士の樹海で死のうとしている人にお金を与えて思いとどまらせる使命を与えられたという。なんちゅう親や。
そこでイイタさん、自分がその思いとどまった人というかたちにしてもらい、リリィのお金めあてに彼女を実家のある函館まで送ることに。
さいたま、福島、山形、仙台、新潟、青森……じわじわ北上しながらも、飲み食いしたいご当地グルメがあれば寄り道し、時にはうっかり逆行したりとアバウトなルートで女2人の旅路がつづられていく。
というロードムービー仕立てが大筋だが、実際の趣向はもうちょっと入り組んでいる。
イイタさんとリリィは基本的にいつも車で寝泊りする。長旅の途上で何度もホームセンターに寄っては冷暖房器具やテーブルなどを仕入れて車内を改装し、ちょっとしたキャンピングカー風のつくりにしていく。
すると車内の空間はもはや一個のどっしりした「家」に相当し、女性2人がひとつ屋根の下で暮らす同棲ドラマの色を帯びてくるのだ。
作者・玄鉄絢は名作『少女セクト』などで百合がお手のものだが、イイタさんとリリィの場合は熱い恋愛感情ではなく、ご飯どうしよう、暑さ寒さをどうしのごう、といった即物的な状況を共有して、とても所帯じみた次元で緊密な関係を築いていく。
旅先で新鮮さを味わわせ続ける非日常が、ルーズな日常空間を内にはらんで進行していくのを見る不思議な読みごたえ。
そこに、いわゆる車中泊をメイン題材にした本作のおもしろさがある。
なお、単行本には先ほどの『少女セクト』の後日談的スピンオフや、当「このマンガがすごい!WEB」でご紹介したことのあるSF大作『スモーキーゴッドエクスプレス』の原型ともいえる短編が収録されている。
『イイタさんペイロード』で初めて玄鉄絢作品に興味を持った人にも、前々からの玄鉄ファンにもうれしい詰め合わせだ。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7