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『応天の門』 第6巻 灰原薬 【日刊マンガガイド】

2016/12/03


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『応天の門』


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『応天の門』 第6巻
灰原薬 新潮社 ¥580+税
(2016年11月9日発売)


『回游の森』の灰原薬が艶めかしく描く平安時代のクライム・サスペンス。

謎解きをする探偵役に、のちに学問の神様とも都を脅かす怨霊・天神様とも呼ばれることになる、若き日の菅原道真。
その相棒は、この時代きっての色男にして歌人、貴族としてもエリートの在原業平。

本作ではこの2人を主人公に、平安京で起きる怪異な出来事の数々を謎解きしていく。
その背後に浮かび上がるのは、当時に、権勢を伸ばしていた藤原家の陰謀。
幼い帝の祖父として権威を奮い、同族支配を堅固なものとしようとする藤原良房と、その養子になり良房を凌ぐ権力を得つつある基経。
この残酷で狡猾な2人を中心とする藤原本家が、その勢力を伸ばす過程で生み出した反藤原勢との葛藤こそ本作の根幹にある。

道真は許嫁の島田宣来子(しまだののぶきこ)の父親である島田忠臣が藤原基経の側近であり、また自身が慕った兄を基経の異母兄2人の飼い犬に噛み殺されている。
業平はかつて愛しあった藤原高子(ふじわらのたかいこ)が基経の同母妹、良房の姪であり、藤原家から目をつけられている。

現代であれば迷信といってあまり深刻には捉えられない物の怪の噂に怯える平安貴族たちのノンビリとした感性がほほえましく描かれている反面で、本作に登場する貴族たちの政争はじつに血なまぐさくドロドロとしている。物語に重苦しい影を落とす藤原良房・基経親子の間にすら、どこかしら互いを喰いあうウロボロスのような緊張関係が漂っている。

灰原が作り出す闇の濃い画面は非常に美しく、この作品の持つ明快な表面と、グロテスクな裏面とを見事につなぎあわせる。
とりわけ、若くして権力の中枢に喰い込んだ基経と、道真や業平とも優雅に渡りあう高子の兄妹は、いずれも匂い立つような美しさ。これぞ日本の宮廷ミステリー。

最新巻の第6巻では、唐から密入国してきた謎の人物「寧(ニン)」をめぐってひと波乱。
道真の許嫁である宣来子の父で、道真の師である島田忠臣を軸にしたエピソードも。
元服前で生意気盛りの道真のかわいい姿を堪能できる。

嵯峨帝の息子で、業平とともに反藤原勢力の一角を担う源融(みなもとのとおる。源氏物語の光源氏のモデルのひとりで、のちの左大臣)が登場するエピソードも楽しい。
だがこのエピソードの顛末で融と業平、業平と道真がかわす言葉も非常に意味深だ。

謎解きミステリーものとしては冒頭に書いたとおりシャーロック・ホームズ的立場にある道真だが、政争の渦中に道真を置いてみると、彼は反藤原の「よく研がれた剣」となる。
もうひとりの主人公である業平は、本作では風雅な歌人として描かれ、どちらかというと間抜けな役回りを演じている。しかし次の彼のセリフからは表面上の人間的な響きのほかに、政争を生き抜くしたたかな一面を見出すことができるだろう。

「恐れなどいつか克服してしまう。長く人を縛るのは情だ。」
「良いことをした、これが正しかったと納得させること。己の判断で決めたと思わせることが処世の術というものよ」

これに対して、いつものとおり「どうでもいいですけどね」とうそぶく道真も、まさか自分自身が「これが正しかったと納得させ」られているだけなのかもしれないことにはさすがに気づいてはいないようだ。



<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
Twitter:@nnnnnnnnnnn
Twitter:@n11books

単行本情報

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