日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『かもめのことはよく知らない』
『かもめのことはよく知らない』
中田いくみ KADOKAWA ¥980+税
(2017年2月4日発売)
灯台のある海辺の街を舞台にした、甘くせつなく、ちょっぴり不思議なオムニバス。
若い女性に生意気な小学生、内気な女子高生、絵描きの青年、そして人ならぬ少年少女……。
この街に住む、様々な人物の「恋」というにはあまりに淡く、ふわふわとあてどなく宙を漂う思い。見知らぬ世界への憧れや興味、あるいは、まだ見ぬの記憶をそっとなぞるような、夢にも似たノスタルジー。
そんな実体のない思いをどこかに置き去りにしたまま、私たちはいつのまにか「大人」と呼ばれる歳になって、目の前の日々を生きることでいっぱいいっぱいになっていたけれど、今もあの日のあの場所では置き去りにされた思いがパラレルワールドのように新しい物語を紡ぎ出しているかもしれない。
読みながら、そんな願望とも感傷ともつかない思いがふつふつと湧きあがってくる1冊。
このきわめて淡々とした日常スケッチのようで、いつのまにか読者を彼岸へといざなってゆく、地に足のついたトリップ感は、つい高野文子を引きあいに出したくなる。
著者の中田いくみさんは、もともと画家で、本作品のベースとなった作品も目白のブックギャラリー「ポポタム」発行のリトルマガジン『ポポコミ』のために初めてコミックとして描き下ろしたものだそう。
絵もセリフや文章もストーリーテリングも、ゆるいようでセンシティヴな独特のリズムやセンスにあふれていて、何度も読み返したくなる不思議な魅力にあふれている。
次作が待ちどおしくなる、新たな才能の登場だ。
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツ・リージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69