日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『静粛に、天才只今勉強中! 新装版』
『静粛に、天才只今勉強中! 新装版』 第1巻
倉多江美 復刊ドットコム ¥1,700+税
(2017年2月22日発売)
伝説の少女漫画家・倉多江美の、入手困難だった長編名作が復刊された。
潮出版社から出版された全11巻のコミックスを再編集し全8巻として刊行される新装版だ。
舞台となる時代は1787年、フランス革命前夜である。
権力者のもとをわたり歩き、ナポレオン体制下にて警務大臣を務め、激動の時代を泳ぎきった政治家、ジョゼフ・フーシェを主人公のモデルにしているという。
主人公のジョゼフ・コティは、修道院の物理学講師である。
独裁者ロベスピエール、もちろんナポレオンも主要人物として登場する。
まず驚くのが、キャラクターの描きぶりが「そっけない」ことだ。
なんせ、コティの風体が容赦ない修道僧カット(切りそろえた前髪に頭頂部は剃りあげ、つまりカッパ型)に頬骨が出た、貧相な顔立ちだ。
史実にかかわらず、少女マンガで男性が主人公ならば、美形が定石なのに……!
フーシェは「計算高い冷血漢」と評されるが、こちらのコティは行動もおそろしいまでのマイペースで、研究にしか興味がなく、つかみどころのない人物として描かれている。
ロベスピエールはそこそこ美青年だが、まだその頭角はあらわれず、ナポレオンはそばかすだらけの内気な若者で、金に困り、あげく知りあった金持ちの老婦人をくどこうとする。
悪女の元子爵夫人ローズ(ついでながら、彼女の娘の名前はオルタンス。ナポレオンの皇后となるジョセフィーヌの連れ子の名と同じだが?)も、毒々しさよりもセコさがきわだつ。
しかし小市民然とした彼らの行動は、人間くさくて味わい深い。
ほんのはずみで、彼らの人生が交差する。
だれかに感情移入するというより、成り行きを見守る感覚で楽しめる。
30年ほど前に発表された作品だが、歴史の表舞台よりも路地裏を描くような視点のおもしろさと、著者の確固たる美意識に魅せられ、今読んでも新鮮味がいっぱいだ。
イラスト風でしゃれたフランスの風景や、ポップな手描きの「漫符」の数々も見逃せない。
<文・和智永 妙>
「このマンガがすごい!」本誌やほかWeb記事などを手がけるライター、たまに編集ですが、しばらくは地方創生にかかわる家族に従い、伊豆修善寺での男児育てに時間を割いております。