原作小説の独特な表現を「絵」に変換する楽しみ
――先のインタビューでは個性豊かな登場人物についても触れましたが、辞書編集部の面々のチーム感も魅力です。年齢層がバラバラでも尊重しあっている感じで。
雲田 ああいうふうに、歳が離れていても仲よくできてるのっていいですよね。いつものみんなが画面にそろうとうれしくなります。描くのたいへんなんですけどね。みんなで集まってワイワイしゃべってるようなシーンって、『落語心中』ではなかったので。
――コミカライズするにあたって三浦先生からのリクエストなどはありましたか?
雲田 挿絵の時と同じく、それもまったくなくて、自由に描かせてもらってます。ネームは毎回見ていただいているんですが、事実誤認の部分を少し直していただく程度で、あとは神の視点で「こうしたほうが、おもしろくなるんじゃない?」というアドバイスもくださったり。それで、原作と違うセリフになることも多くて、なんと柔らかい心をお持ちなんだろうと、感激しています。
担当 原作とちょっと構成を入れかえた箇所もあるんですが、三浦さんがネームを見て「こういう順番にするとこんなによくなるんだ」と感心されていましたよ。
雲田 小説とマンガってどうしても楽しみ方が違うところがあるので、文章でしか楽しめないエピソードってあるんですよ。それをマンガ用に変えないと伝わりにくいところもあると思うんです。原作を読みこんで、勇気を持って削ったり構成を変えたりしているので、そう言っていただけるとホッとします。三浦さんの文章には、文章そのものを楽しむような、ユニークな表現がたくさんあるんですが、文字が多くなりすぎるとマンガは読みづらくなるので「文章」としてはカットせざるをえない。そのかわりに絵で見せることで活かせればと思っています。
――たとえばどんな?
雲田 「言葉というものをイメージするたび、馬締の脳裏には、木製の東京タワーのごときものが浮かぶ。」という一文をカットするかわりに絵にしたのがこのページです。これを作品を象徴するシーンにしていこう、とも思ったんです。
――辞書の立ち上げが暗礁に乗り上げたときにもこの演出を使っていますね。
雲田 「言葉」を「木の枝」でイメージしたんですね。ここは、原作にはそうした描写はなかったんですが、不安な気持ちの心象風景として入れてみました。
――文章だと長くなる説明をはしょって絵の力で伝えるのが、腕の見せどころですね。
雲田 いっぽう、映像と違ってマンガでは文字(フォント)そのものを演出に使える強みもあります。描き文字を「明朝体」ふうにすると独特の雰囲気が出せます。そういう細かいところで『舟を編む』らしさが出せたらと思ってます。
――なるほど!
雲田 この小説って、絵にしてみたくなる描写表現に加えて、小さいコマでひょいっと入れるのにぴったりなギャグや小ネタも多くて。そういうところはマンガと相性がいいなあと思っています。佐々木さんが西岡さんにツッコんだりするような小ネタは頑張りたいところです(笑)。
――小説そのままのセリフを使っているところも多いですよね。
雲田 なるべく原作の三浦さんならではのリズムを活かしたくて。長いセリフは自分なりに意訳しますが、三浦さんの伝えたいイメージを逃さないようにと考えてます。どうしてもそのまま使いたい長い文章は、書き文字にすると多少絵画的になって読みやすくなるので、手書きで書きこんでみたり。そのほかには、たとえば小説では、地の文だと「馬締」は漢字で、会話の時はひらがなで「まじめ君」なんですよね。そういう気の配り方が三浦さんらしいなあと。ひらがなの持つ柔らかいイメージを大切にされてるんだろうなと思っていて。読みこむなかでそういうことに気づけたこともおもしろかったです。
――「むはっ」とか「うひょっぐ」といった興奮(?)の表現も印象的です。
雲田 「うひょっぐ」は原作どおりですよ。アニメでもちゃんと声優さんが「うひょっぐ」って言ってたのは感激でした。香具矢が「むはっ」というシーンは……原作には
“「むわ」とも「ぬは」ともつかぬ声を上げた”
とありまして。
――それで間を取って「むはっ」になったんですね(笑)。
雲田 あそこも原作で大好きなところです(笑)。挿絵の時からですが、大好きなお話を自分なりに解釈して好きなように描き出すのが、とっても楽しいです。
――今回は貴重なお話、本当にありがとうございました。
取材・構成:粟生こずえ
『舟を編む 上巻』
三浦しをん(作) 雲田 はるこ(画) 講談社 ¥620+税
(2017年7月7日発売)
雲田はるこ先生の大人気作『昭和元禄落語心中』も紹介している
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