ユニークなキャラクターとひねりのあるストーリー展開で少女マンガの新たな魅力を提示し、男女問わずファンを増やしている安藤ゆき先生。独特の世界観を持つマンガはどこから生まれてくるのか? 漫画家としてのルーツを探るとともにアイデアの源や気になる今後についてもお話をうかがった。
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安藤ゆき『透明人間の恋』インタビュー前編 心にきらりと光るかけらが残る作品を描きたい
父親につめ寄られてのとっさの答えが漫画家の道を開いた!?
――安藤先生が子どもの頃から愛読してきたのはどんなマンガですか?
安藤 小学生時代は、藤子・F・不二雄先生、高橋留美子先生[注1]、楠桂先生[注2]の作品が中心ですね。中学生の頃は手塚治虫先生、岡崎京子先生[注3]の作品など。『行け!稲中卓球部』(古谷実)[注4]も大好きでした! その後はあだち充先生[注5]、川口まどか先生[注6]、くらもちふさこ先生[注7]、かわかみじゅんこ先生[注8]、川原泉先生[注9]……。それから『じゃりン子チエ』[注10]も!
――かなり幅広く読んでいますね。
安藤 思いつくままに挙げてみましたが、私にとって大事な先生や作品がうっかり抜けていないか心配です! 実家の本棚を見れば一発でわかるのですが。
――実際にマンガを描き始めたのはいつごろですか?
安藤 初めて描いたのはおそらく小学1、2年生の頃に描いた『ドラえもん』です。『ドラえもん』は著作権フリーだと思っていたのでしょう(笑)。
――「漫画家になろう」と具体的に決意したのは?
安藤 専門学校を卒業した頃、父親に「もし夢があるなら5年間はその夢を追うことを許す。何か夢はあるのか」とつめ寄られました。じつは……その時、特に何もなかったのですが、実家住まいでしたし、何かを言わなければ自由を剥奪されるように感じて、とっさに「漫画家になりたい」と答えたんです。
――反射的に引き出された本音だったのでしょうか。
安藤 「マンガを描いてみたい」という気持ちは以前からありましたし、それまでに投稿経験もあったんです。でも、職業としてという意識ではありませんでしたので、実際これが大きなきっかけのひとつになったと思います。ですがその後もふらふらとしつつ……「漫画家になりたい」と宣言したこと自体をすっかり忘れたりもしていましたが(笑)。
――デビューに至るまで、あきらめそうになったり迷ったりしたことはなかったのでしょうか。
安藤 若かったのでエネルギーを持て余していたのか、あまり迷ったりすることはありませんでした。
――漫画家になってうれしいと感じたのはどんな時ですか?
安藤 出版社の謝恩パーティーで、大御所の漫画家先生を間近で見られた時は……テンションが上がりました!
――作品を描くうえで、影響を受けていると思うマンガはありますか?
安藤 さまざまな先生、さまざまな作品から影響や感銘を受けていますが“少女マンガ”を描こうと思ったきっかけとしましては、くらもちふさこ先生の『おばけたんご』【注11】を読んだことが大きかったように思います。
――現在注目しているマンガ、愛読しているマンガを教えてください。
安藤 一番最近買ったマンガは島本和彦先生の『アオイホノオ』【注12】です。放映されていたドラマ版がおもしろすぎて、思わず買ってしまいました。原作マンガもやっぱりめちゃくちゃおもしろかったです。あ!それと『このマンガがすごい!2014』を読んで、鈴木央先生の『七つの大罪』【注13】を電子書籍で買いました。もちろん、めちゃくちゃおもしろかったです! そして電子書籍、初体験でした!
――安藤先生は文学や映画、音楽などにもこだわりがありそうだなあという気がしているのですが……。
安藤 好きなものはたくさんありますよ! たくさんありすぎてお答えするのが難しいのですが、最近触れたものでいうと、小説では『まずいスープ』(戌井昭人)【注14】。登場人物がみんな生き生きとしていて素敵なんです。映画ではヴィム・ヴェンダース監督の『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』【注15】かな。
――コンテンポラリー・ダンスの舞踊家であり振付師でもあるピナ・バウシュの貴重なダンス映像と軸としたドキュメンタリー作品ですね。
安藤 ピナの演目を生で観たい欲をかきたてられます! 今となってはもう観られないのが残念ですが。音楽は、最近聴いているのは初期のマイルス・デイヴィス【注16】作品です。ジャズに歩み寄りたくて基本に立ち返ってみました!
――なるほど……アンテナを張ってる守備範囲が広いですね。今、ハマっていることがあれば教えてください。
安藤 福島第一原子力発電所、吉田昌郎元所長に関する記事【注17】を読むことです。
――マンガを描くために、何かしていることはありますか?
安藤 マンガを描くようになる以前からなのですが、気になったワードや名称を手近な紙に書き取るクセがあります。手法が乱雑すぎて整理に困るのですが、マンガを描く際にその乱雑の園からヒントが生まれることがあります。
- 注1 日本を代表する女性漫画家。代表作に『うる星やつら』『めぞん一刻』『らんま1/2』『犬夜叉』など。「るーみっくわーるど」と呼ばれる独特の世界観は男女問わず幅広い世代から支持を受け、作品のほとんどがアニメ化もされ、いずれも大ヒットしている。
- 注2 女性漫画家。代表作に『八神くんの家庭の事情』『鬼切丸』など。オカルトやホラー系からコメディまで幅広いジャンルの作品がある。双子の姉である大橋薫も漫画家で共同作品も多くある。
- 注3 80~90年代にブームを巻き起こした伝説的な女性漫画家。代表作は『Pink』『リバーズ・エッジ』『ヘルタースケルター』『くちびるから散弾銃』など。1996年に自宅付近で自動車事故にあい、現在も漫画家活動は休止している。
- 注4 漫画家・古谷実のデビュー作品にして代表作のひとつ。超個性的な登場人物とキレのあるギャグ、甘酸っぱい思春期特有の空気感がヒットしアニメ化もされた。
- 注5 漫画家。代表作は『タッチ』『みゆき』『陽あたり良好!』『H2』など多数。スポーツと恋愛をたくみに絡めたさわやかな青春マンガを得意とし、作品の多くはアニメ化もされるなど大ヒットした。
- 注6 女性漫画家。ホラーマンガや少女マンガを得意とし、代表作のひとつ『死と彼女とぼく』は2012年にドラマ化もされた。
- 注7 女性漫画家。代表作に2007年に映画化もされた『天然コケッコー』をはじめ『いつもポケットにショパン』『月のパルス』『おしゃべり階段』などがある。それまでの少女マンガにない等身大のヒロインは読者の共感を呼び、その後の少女マンガに多大な影響を与えた。
- 注8 女性漫画家。「FEEL YOUNG」(祥伝社)にて4コマ漫画『パリパリ伝説』、総合文芸誌「ダ・ヴィンチ」(メディアファクトリー)の付録にて『長女だからって。』、「Cookie」(集英社)にて『日曜日はマルシェでボンボン』を連載中。
- 注9 女性漫画家。代表作に2006年に映画化もされた『笑う大天使(ミカエル)』や『ブレーメンⅡ』など。大の読書好きでマンガのほかエッセイも手がけている。
- 注10 はるき悦巳によるマンガで「漫画アクション」(双葉社)にて1978年から1997年まで約19年間連載された。大阪の下町を舞台に主人公の女の子チエと彼女の周りにいる個性的な人々との日常を描いたコメディ。テレビアニメ化のほか舞台やゲームにもなるなど長く愛されている。
- 注11 1993年に発売されたくらもちふさこの作品。ヒロインの憧子(あこ)と事故で死亡した婚約者の端午(たんご)、新たに婚約者になった陸郎の物語。ラストシーンについては読者の間でさまざまな意見が交わされた。
- 注12 島本和彦による熱血学園青春マンガ。芸大生の主人公・焔燃(ホノオモユル)が漫画家デビューを目指すコメディで、島本本人をモデルとした自伝的作品。『エヴァンゲリオン』の監督として知られる庵野秀明や「オタク評論家」として有名な岡田斗司夫、漫画家のあだち充や高橋留美子など実在する人物が作中に実名で登場するが、あくまで「フィクションである」。2014年にはドラマ化もされ好評を博した。
- 注13 鈴木央による少年マンガで「週刊少年マガジン」にて2012年から連載中。伝説の逆賊として恐れられる「七つの大罪」と王国を救うため彼らを探す王女エリザベス、「七つの大罪」を追い続ける王国の聖騎士が織りなす冒険ファンタジーアクション。2014年10月からはテレビアニメが放送されさらに注目を集める。
- 注14 パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の脚本を手がける戌井昭人による短編小説集。表題作のほか『鮒のためいき』『どんぶり』の3編を収録。
- 注15 2009年に亡くなったドイツの振付家ピナ・バウシュを扱った、2011年に公開されたドイツの3Dダンスドキュメンタリー映画。2012年の第84回アカデミー賞では長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。
- 注16 「ジャズの帝王」などとも呼ばれる20世紀のミュージックシーンを代表するジャズトランペット奏者。アメリカ合衆国イリノイ州生まれ。モダン・ジャズの牽引者として活躍しただけでなくロックやヒップ・ホップなど幅広い音楽ジャンルに多大な影響を与えた。
- 注17 2011年3月11日に起きた福島第一原子力発電所事故当時に東京電力福島第一原子力発電所の所長であった故・吉田昌郎が、「政府事故調」の調書に応じた時の記録、いわゆる「吉田調書」に関し、朝日新聞がスクープ記事として報じた内容が誤報であったことに端を発して報じられた一連のニュース。