読者の鼻っ面を引きずり回すような作品を
――本当に終盤、グイグイ加速した作品で、だからこそ第4位という結果になったのだと思います。最終巻でのたかこさんの告白、またオーミのリアクションについては賛否両論あると思いますが、どちらにしろ読者に「強く刻まれた」ということではないでしょうか。
入江 そうですね。私も無反応よりは、たとえ「告白するのはキモい」でも「もう読みたくなくなった」でも、いってくれたほうがありがたい。それだけ刺さったのかな、と受け止めています。
――入江先生は「キャラクターに対して厳しい」といいましたが、個人的にこれを感じたのは21世紀に入ってから2回目で。1回目は『テレプシコーラ』(山岸凉子)で、千花ちゃんが死んでしまったときです。
『テレプシコーラ』
山岸凉子 KADOKAWA ¥590+税
(2001年6月23日発売)
入江 あ、私もそう思いました!
――苦しみながらずっとがんばってきた千花ちゃんを、作中の重要人物を死なせてしまうなんて度肝を抜かれました。それを描かざるをえなかった山岸先生はなんて厳しい人だろうと思うと同時に、何度も読み返したくなるんです。やはり「いやだ」と「よく描いてくれた」が入り混じって……。
入江 私、山岸先生を神レベルでずっと尊敬しているんです。そもそも女子高生のとき『日出処の天子』がこれ以上ないほど好きだったのですが、あの最終回にしびれたんですね。
『日出処の天子』
山岸凉子 KADOKAWA ¥1,500+税
(2011年11月18日発売)
――あれも厳しい最終回でした。
入江 事件でしたね、あの最終回は。「あんなすばらしい最終回は読んだことがない」と後々プロになって長い手紙を山岸先生にお送りしました。その後、直接お会いする機会があり、お話をうかがいましたら、「どうしてあんな終わりにしたんですか」とずいぶんいわれたとおっしゃっていました。でも、私はのたうち回るくらいカッコいいと思っていて……『日出処の天子』を頭に思い浮かべながら、絶対にたかこさんに対して甘くしないと思って描いていました。ライブのところを描き始めて、「たかこさんはいってしまうんだろうな、きっとろくなことにならないだろうな」と思うにつれ、自分のなかにも「いやだな」という気持ちはあったのですが。
――そうした煩悶があったんですね。『日出処の天子』が支えというか、目標になっていた?
入江 自分にとって大きい作品ですね。プロになってから、モーニングの編集長だった栗原さんという方にたくさんのことを教わりましたが、彼の言葉で「読者の鼻っ面をつかんで引きずり回せ」というのがすごく心に残っています。そのときはあまり理解していなかったんですが、思い返せば『日出処の天子』を読んでいたときの私は、まさにひきずり回されてた状態だったんです。山岸先生にすごい体験をさせてもらったおかげで、私は今、読者を引きずり回したいし、自分も描きながら引きずり回されたいと思っているんです。『たそがれたかこ』は描いていて、どうなっちゃうんだろうと引きずり回されながら最後までいけた幸せな作品です。
――引きずり回すとはいいえて妙ですね。
入江 「引きずり回す」とはこういうことか、と、ちゃんと実感できた気がします。山岸先生をはじめ、たくさんの先輩方のおかげだと思います。たとえば最近亡くなられてしまいましたが、狩撫麻礼さんの『ボーダー』のすばらしいライブシーンに出会っていたから5巻のライブシーンが描けたのかなと思いますし。
――「引きずり回される」快感と、ハッピーエンドかどうかといった側面で作品を語るのは、また別の次元の話になりますね。
入江 好き嫌いがあるのはしかたないと思いますが。この人だからこうなるしかなかったということなんですかね。私はマンガってキャラクターだと思っています。もちろんいろんなタイプのすばらしいマンガがあるんですが、私は「このキャラクターだからこうなった」というキャラクターありきの話が好きなんです。
新連載作のヒロインは、これからカッコよさを極めていく50代!?
――『BE・LOVE』での新連載についておうかがいしたいと思います。
入江 今苦しんでいるところなんですが。「たかこ」の終わりが近づいてきたころ、担当さんに「次は30代くらいのヒロインを描いたらどうですか?」と言われて、うっすらとその気になっていたんですが。いざ、本格的に準備を始めたら、予定が変わってしまって。
――今度のヒロインは?
入江 50代です。端的にいうと「今の自分を描いちゃえ」という感じです。我ながら、今の自分がおもしろすぎて。「まさか」と思うようなことを考えついたり、なんだか予想がつかないんですよ。自分が50歳近くになってこんなになると思わなかったよ、と……。
――自分に引きずり回されてるわけですね(笑)。
入江 若い頃からなぜか「私は若いうちはダメだな」と思ってたんですよ。そして、今思っているのが「私は死ぬときに最高にカッコよくありたいな」ということなんです。今、たいしてカッコよくないんでグッと持ち上げていって、たとえば70歳くらいで死ぬとしたら、そこが頂点になるように。今から相当がんばらないと……と、そういうことを描こうと思ってます(笑)。年をとって自由になるところもあるし、一方で家族のことや親のことなど背負ってるものはあります。そこをどうにかしつつ、いかにカッコよく生きていけるのかってことを考えています。
担当 50歳から人生が始まるみたいな感じですね。
入江 若い人を絶望させたくない気持ちもあるんですよ。「50代って、あんなふうになっちゃうんだ」って思わせたくない。ヤケクソで元気に行きたい、っていうのがより強くなってきてます。
編集 年をとるとラクに力を抜いていきたいというのが大方かもしれませんが、このマンガは真逆ですね。めちゃめちゃハードな日々が始まる(笑)。
入江 私は「全然休まなくていいぜ!」くらいの勢いです。ヒロインは、たかこさんよりは元気な人でしょうけど……まあ私が描く人なんで器用にやってきた人ではないだろうなと。50歳くらいで、結婚はしていて子どもはない。今、どうやって振り回されようかと、遠心力をつけてるところです。
――タイトルは?
編集 『ゆりあ先生の赤い糸』。手芸教室を営む先生という設定です。
入江 そこまでにしときますか……今の段階では、まだ変わっちゃうことがあるかもしれないので。
――このインタビュー記事が公開される頃には、もう連載が始まっていますね。楽しみです!
入江 ヒロインを50代にしてしまうと、若い人がいよいよついてこれないんじゃないかという心配もありますが、今の自分が面白いと思うマンガを、今の自分が一番興味を持っていることを描いていきたいと思っています。よろしくお願いいたします!
取材・構成:粟生こずえ
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