初めて体験する「ロマンチックなミステリ」
——今回、ミステリというジャンルに初挑戦したわけですが、やはり難しかったですか。
峠 特にミステリだから難しいってことはないんだけど、『タレーラン』はひと言で言ったらデリケート。それはセリフ運びもそうだけど、描かれる事象が日常のなかで起こる、些細な波なんですよ。
——大事件が起きて、それにそって物語が展開するようなお話ではないですよね。
峠 かと思えば、ミステリ的には叙述トリックっていうすごい荒波が立っているわけで。だから、ミステリっていうジャンルが難しいっていうよりは、日常と叙述トリック、この2つが合わさった時の難しさでしょうか。
あとほかのミステリは、やっぱり犯人がわかった瞬間に快感を覚えることが多いと思うんです。だけど、さりげなく描かれたものごとが伏線だったってわかった時に、あとからやってくる静かな感動があるじゃないですか。『タレーラン』はそれがすごい。
——具体的にはどういったところでしょうか。
峠 これも読んでない人のために詳しく言わないけど、原作小説1巻のサブタイトル。それにすごい感動したんです。そもそもサブタイトルに謎が潜んでるとは思わないじゃないですか。そのうえ「また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を」なんて優しい言葉にあんな仕掛けがあるなんて。『珈琲店タレーランの事件簿』って小説の全部が、本当に最後の最後の一瞬のためにあるんだっていう感動があった。1回読んだら表紙を見直すんです。あっ!て思って。そのくらい素敵だなって。
——峠先生は、漫画家としてのキャリアも長いので、多くのフィクションに触れてきていると思うのですが、それでも『タレーラン』のような感動はなかなかなかったと。
峠 ロマンチックなんですよね。ロマンチックなミステリだなっていうのが1巻を読んだ感想。ミステリのはてにそういう感動があるんだっていうのが、一番グッときたところかな。
——これまでのミステリとは違う、犯人が誰かじゃないところに感動が置かれていると。
峠 1つひとつの小さな事件の解決の快感が集約されて、サブタイトルにつながっていく。その先に、美星さんがかわいい!っていうのがある。その緻密に計算されたトリックの快感と、「キャラがかわいい!」っていう感情的なもの、その2つを内包したミステリだってことは、力強く言いたい。そこが、一番重要だと思った。
——最後にコミック版の読者にひと言いただけますか。
峠 僕のマンガも大切なんだけど、原作を読んで欲しいです。なぜなら、僕が削った部分にも感動がいっぱいあるから。精一杯がんばったから、美星さんがかわいいよって言いたい。けど、原作だともっとかわいいよって。
——原作へのきっかけに。
峠 時間のない人に気軽に手に取ってもらいたい。それと原作を読んだことのある読者にとっても、もう1回、原作を本棚から取り出すきっかけになれたらうれしいです。
——本日はありがとうございました。
取材・構成・撮影:このマンガがすごい!編集部