マイクの出身地がカナダになった理由と「外側からの視点」
——マイクをカナダ人に設定した理由は?
田亀 理由はいくつかあります。まず国レベルで同性婚が合法になっている国であること。その国に友人がいて、私が質問できること。そして、なにかわからないことがあった時に、英語で検索して、資料に当たれること。さらに可能であれば、私がいったことがある国であること。そうした条件をあわせていくと、必然的にカナダになりました。
——カナダにいかれたことがあるんですね。
田亀 そうですね、個展とかサイン会でトロントに行ったことがあって、友人にゲイコミュニティに連れていってもらったりしたことがあります。
——ちなみに、カナダのゲイコミュニティって、どんな感じなんですか?
田亀 以前、カナダのアジア系のファンの方から、「アジア系は、ゲイコミュニティのなかでは下に見られていて、自分はコンプレックスがあった。そんななか、アジア系の作家が、かっこいいアジア系の主人公の作品を描いてくれて、自分にとってはすごく励みになった」と言っていただいたのが、とても印象的でした。
それでも、ヨーロッパやアメリカに比べると、カナダは様々な人種が混じっている感じでしたけれど、アメリカやヨーロッパだと、もう少し白人の比率が高いと思います。フランスで現地の友人に誘われて、ゲイバーへ飲みに行くと、アジア系は私ひとり、なんてこともありました。
現地のカナダの当事者からしたら、いろいろあるんでしょうけど、ほかの国と比べると、人種的な差はさほど感じなかったので、マイクの出身地にするにはちょうどいいかな、と。
——マイクはアジア系と結婚していたわけですしね。海外での先生のファン層って、どんな感じなのでしょうか?
田亀 私が最初にフランスでサイン会をしたのは、もう10年前になるのかな? その頃は白人男性ばっかりでした。でも最近はもう少しバリエーションが出てきた。女性やトランスの方がきたり。
おそらく、最初の頃は情報伝達の手段が、クラブに置くフライヤーだったりしますからね。その場合、そこのコミュニティの人たちとひもづけられるので、そこのコミュニティの人たちが見にくる。だから、オーナーが白人男性だったりすると、その割合が多かったんじゃないかと思います。
でも、最近はフェイスブックとかSNSで情報が伝達するので、コミュニティによる縛りがなくなって、それでブレンドしてきたんじゃないかと思っています。
——ちなみに先生は、海外のマンガ作品は、読みますか? たとえばバンド・デシネ(※フランス・ベルギーを中心としたヨーロッパのマンガ)とか。
田亀 カナダ人のゲイの友人からすすめられたのが、フレデリック・ペータースの『青い薬』です。
これは主人公がHIVポジティブの女性を好きになってしまう、という話です。その女性はシングルマザーで、子どもは母体内で胎児感染したHIVポジティブ。これは作者の自伝的な内容らしいんですけど、それまでHIVに対する知識がまったくなかった男性が、当事者に近づいたり、引いたりしながら、その葛藤を描いています。いままでHIVを題材にした作品って、当事者の問題として描いたものが圧倒的に多かったんですね。
『青い薬』
フレデリック・ペータース(作)、原正人(訳) 青土社 ¥2,400+税
——映画『フィラデルフィア』とか。
田亀 そうです、そうです。それこそHIVが世間を騒がせたパニックの時には、そういう作品が多かったんですよね。
ところが『青い薬』は、主人公自身はHIV当事者ではない。身近に当事者がいて、その外側からの視点で描いているわけです。そのスタンスというか、視点の置きどころが、私のやりたいこととすごく近いように感じて、『弟の夫』を描くうえで参考になりました。
——日本のマンガでそういう作品って、あります?
田亀 いやぁ、ちょっと思い浮かばないですね。基本的に私は、自分が読みたいゲイ作品がなかったから、自分で描いてきたようなところがあります。マンガには80年代のニューウェーブの頃に、ドカンとハマったんですけど、ジャンルがあまりに違うので、今の私の作品に、それらの影響は見うけられないと思いますよ。
「同性婚合法化」に向けての世界的な潮流と、作品への影響
——1巻が出てから、LGBTを取り巻く世界的な状況がものすごく変容しましたね。
田亀 1巻が出る3日前に、アイルランドで同性婚が合法化したんです。1巻には「マイクのゲイ・カルチャー講座」というコラムがあって、そこで同性婚に関する豆知識を載せているんですけど、発売3日前に情報が古くなってしまった(笑)。
あれに関しては、情報が更新されるのが当然だから説明のところに、「(2015年4月現在)」と記述したんですけど、それでも3日前というのはね。
——そして第1巻発売の1カ月後には、アメリカの連邦最高裁で、全州での同性婚を認める判決が出ました。
田亀 さすがに驚きました。
——世界的に、そういう流れなのかもしれませんね。
田亀 ええ。『弟の夫』は、世界がそういう時期だからこそ、思い浮かんだアイデアなんです。
世界的に同性婚が進んでいるというニュースに対する世間の反応を見ていると、どうもゲイ当事者よりも、ヘテロの人たちのほうが興味を示しているような印象を受けました。同性婚に対する世間の関心というのを感じたので、イケるんじゃないかと。
そこに連載のお話をいただいたので、かねてより温めていた「ヘテロ向けのゲイコミック」という要素と組みあわせたわけです。いまが旬だと感じていたので、出せるなら早く出したいな、と。
それは双葉社さんとしても、そうなんじゃないですか?
担当 そうですね。ただ、渋谷区の同性パートナーシップ条例の話は、まったく予知してませんでした。
——先生はこの状況を、どう見ていますか?
田亀 私は10代後半の大学生の頃にカムアウトしてからずっとオープンでやっています。
いつになったら世の中がそうなるのかな、と思いながら私は30年前からゲイ作品をやってきたわけですが、もちろん少しずつオープンにしていく人も増えてきていますけど、でも俳優や政治家にはなかなか出てこない。
——エルトン・ジョンみたいな例が。
田亀 そうそう。海外の場合はゲイ当事者がカムアウトしてゲイライツを訴え、それに対して反発が出たりするわけです。
今回、渋谷区の同性パートナーシップ条例が出て、世田谷区も続いて、それに反発は出ているんですけれども、海外の例とはちょっと様子が違います。日本の場合は当事者が不在のまま制度の話が話題になっていて、それに反発が出ているという状況なので、なかなか興味深いです。それにあわせて、いろいろな問題が芋づる式に出てきています。
この30年間、あまり変わらずにきたことが、一気に表に出てきているのではないでしょうか。社会状況が変わったことで、それまで問題視されず黙認されてきたことがバッシングされる……といったことは、歴史的に見てもありますから、もうちょっと警戒すべきかもしれませんね。