「天才」に迫る『チェイサー』
――『チェイサー』の企画は、先生のほうから出されたのですか?
城倉 そうそう、何年も前から温めていたネタだった。それで「描きたいんだけど」って何度もアプローチし続けていたんだ。
――先生の場合、原作を手がけて、作画を別の漫画家に任せるケースもありますよね。自分で描くか、他人に委ねるか。どう区別しているんですか?
城倉 自分はアイデア先行型なんです。とにかくいっぱいあるんですよ、アイデアが。で、アイデアが溜まってくると、作品として形にしたい(けど物理的に無理)というフラストレーションも溜まってくる。そうなってくると、これは作画は誰かに任せようか、となる。自分で絵も描くのは「どうしても自分で描きたい!」という思いが強いモノかな。『チェイサー』に関しては、メチャクチャ自分で描きたかったんだよね。でも調べ物が多くて、とても毎月は描けない。そんななか「スペリオール」から「2カ月に一度の連載でもいいですよ」という話をもらったので、「じゃあ自分で描こうか!」と。
――『チェイサー』の主人公・海徳さんは漫画家です。
――先生の作品ですと『おさなづま[注3]』も漫画家が主人公でした。主人公・旗一子(ペンネームは「ハタ☆イチコ」)って、あれ『男の条件[注4]』へのオマージュですよね?
城倉 そうなんだよ! 『男の条件』の主人公・旗一太郎からのもじりなの。俺はジャスト梶原一騎世代だから。
――漫画家を主人公にする作品ですと、近年では『バクマン。』や『アオイホノオ』などがヒットしました。「漫画家マンガ」なんてカテゴリー分けされるほどブームになりましたが、そのあたりは意識していたんですか?
城倉 そこはね、いっさい考えてなかった。でも……、そっかぁ、『チェイサー』も「漫画家マンガ」にカテゴライズされちゃうのかぁ。
――というと、先生自身は「漫画家を主人公にした作品」という意識はなかったんですか?
城倉 ないない。だって「漫画家マンガ」って、身のまわりの出来事をエッセイ風にマンガにしたものじゃない。
城倉 手塚治虫も水木しげるも描いていた。それに藤子不二雄(A)(※正しくは○の中にA)には『まんが道[注5]』があったわけだしね。だから「漫画家マンガ」っていうカテゴリーがあること自体に、すごく違和感がある。『チェイサー』はよく『ブラック・ジャック創作秘話[注6]』と比較されるんだけど、「最近のブームに乗って」みたいな意図はなかったのよ。
――では『チェイサー』の企画段階で意図していたこととは?
城倉 もともとは「手塚治虫の脳を描きたい」……って言ったら変かなぁ。手塚治虫って、あまりに多才すぎるので、頭のなかを覗いてみたくなるじゃないですか。医学博士を取るかたわらに10本もの連載を抱え、そのうえアニメまで始めて『鉄腕アトム』を毎週放映する。そのアニメが、ものすごく少ない人数でまわしているし、しかも安いギャラで請け負ったから、足が出たぶんの費用を原稿料で補填するためにさらにマンガを描く。ほかにもアナウンサー試験に合格していたり、速読もできたり……と、その事跡を調べると「なんじゃコレ!」って思うわけですよ。
――なるほど、「漫画家が主人公の作品」ではなく「手塚治虫の脳」がテーマなんですね。
城倉 もっと言えば、「天才」論になるんです。「天才」とはなんぞや。
――言われてみれば、先生の作品には天才型の人物がよく出てきます。何を考えているかわからないタイプの天才に、周囲が翻弄されるとか。『プニャリン[注7]』などがその例でしょうか?
城倉 まあ、天才が活躍することは、マンガをおもしろくするためのオーソドックスな方法なんだよね。天才がホームランを打ったり、完全試合をやったり。でもそれは、あくまでマンガ的手法においてのオーソドックスなわけ。『チェイサー』の場合は、「天才ってどういうことなのかな?」っていう問いに対してアプローチしているつもりなんですよ。
――先生はスポーツマンガをたくさん描いてきていますが、そこに登場する天才を描くこととはまた意味合いが違うんでしょうか?
城倉 それはたとえば王とかイチローみたいな話だよね。彼らは、ほかの人より0コンマ数秒だけ腕の振りが速いとか、フィジカルな部分での特殊性がそのまま彼らの天才性だったりするので、スポーツの天才と『チェイサー』で求める天才は、また違うんですよ。
――手塚の大ファンであった立川談志[注8]は、「天才と呼べるのはレオナルド・ダ・ヴィンチと手塚治虫だけ」と公言していました。
城倉 手塚治虫とか立川談志みたいな天才は、我々からすると信じられない速さで脳細胞が回転してると思うんですよね。その頭脳に興味があるので、「手塚治虫の脳」という言い方をしましたけれども。
――芸能や芸術分野における天才。その天才性は、どのあたりにあるんでしょうか?
城倉 ダ・ヴィンチの天才性って、どうやってマンガで表現したらいいかよくわからない。漫画家という自分の職業から考えたら、天才論に迫るには、手塚治虫が最適の題材なんですよ。しかも、その天才性はみんなにもわかりやすい。『鉄腕アトム』や『リボンの騎士』や『ブラック・ジャック』があって、それらを読みさえすれば、いまだに誰からも天才と認められる。
――ズバリ「プロから見た手塚のすごさ」とは?
城倉 多作、という点ですね。
――たしかに手塚は多作です。しかし、同時代人には、瞬間最大風速的に、手塚なみの多作を誇った作家もいました。
城倉 まさにそこ。手塚が他の作家と大きく異なるのは、ジャンル的な偏りがないところなんです。手塚治虫は西部劇だって描くし、SFもファンタジーも描ける。
――映画を見ると、そこからインスパイアされて、すぐに作品を描けちゃったという伝説 もあります。
城倉 理屈としてはわかりやすいけど、普通の人には無理だよね。だって見ただけで描けちゃうんだもん。普通だったらまず資料を取り寄せて、調べ物をして……って段階を踏んで作品にするのに、映画を見て全部記憶して描けちゃう。俺は同業者だから、手塚がどれほどすごいことをやっていたかわかるんですよ。手塚は多作であり、内容が多岐に渡るんです。そこがすごい。
――では『チェイサー』では、海徳さんの姿を借りて、城倉先生ご自身が手塚治虫をチェイスしているわけですね。
城倉 そうそう、自分には死んでもマネできないけどね。
- 注3 中学卒業後、自宅の借金のカタに、信用金庫 勤めの夫に嫁いだ旗一子が、漫画家として大成功を収めていくサクセス・ストーリー。 一子のペンネームは「ハタ☆イチコ」。代表作『めぐみのピアノ』は世界的な大ヒットと なるが、夫(ロリコンでSM好きのド変態) がことごとく事業に失敗して財産を食いつぶしていく。
- 注4 原作梶原一騎、作画川崎のぼるという『巨人の星』コンビが、「週刊少年ジャンプ」にて連載した作品。主人公・旗一太郎は、「切れば血の出るような漫画」を描くために、マンガ修行の道に邁進する。2013年に集英社から 復刻版コミックスが刊行された。
- 注5 藤子不二雄Aの半自伝的作品。手塚治虫に憧 れた満賀道雄(藤子不二雄A)と才野茂(藤 子・F・不二雄)が「満才茂道(藤子不二雄)」としてプロ漫画家としてデビューするまでの道のりや、プロデビュー直後の状況 を描く不朽の名作。雑誌社や作品、トキワ荘界隈の作家が実名で登場するため、戦後マンガ界の記録資料としても意義深い。“まんが道史観”にさらなる“ゆがみ”を加えた続編『愛...しりそめし頃に...』は2013年に完結した。
- 注6 原作:宮﨑克、作画:吉本浩二。手塚治虫が「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で 『ブラック・ジャック』を連載していた頃のドキュメンタリー作品。『このマンガがすごい! 2012』ではオトコ編第1位に輝く。2013年にはフジテレビ系列にて『神様のベレー帽~手塚治虫のブラック・ジャック創作 秘話~』のタイトルでドラマ化した。ちなみに、『このマンガがすごい!2012』のオトコ編第2位が、コージィ城倉先生が森高夕次名義で原作を手がける『グラゼニ』であった。
- 注7 コージィ城倉先生が「週刊少年サンデー」(小学館)で連載していたコメディ相撲マンガ。主人公の大関・男股山はぷにゃぷにゃした外見から「プニャリン」の愛称で親しまれる人気力士だが、じつは最高の筋肉を持つ天才的な力士。さらに、さまざまな策謀をめぐらせる「黒い」部分を持ち合わせている。
- 注8 落語家。1983年に落語協会を飛び出して落語立川流を 創始。著書『現代落語論』は、のちの落語会 に多大な影響を及ぼした。日本テレビの人気番組「笑点」の企画者にして初代司会者。手塚治虫の大ファンを公言し、手塚治虫とも親交があった。『手塚治虫名作集2 雨ふり小僧』(集英社文庫)では、立川談志があとがきを書いている。「笑芸人」(白夜書房) Vol.16には、『鉄腕アトム』の「地上最大のロボット」の回から抜粋して談志が朗読した CDが付録としてついた。ちなみに「地上最大のロボット」は、浦沢直樹『PLUTO』の原作。