本作は、吉野の死後に「月刊フラワーズ」に発表された遺作『いつか緑の花束に』をタイトルに冠した作品集だ。

『いつか緑の花束に』の主人公は、カフェに勤める花。
花は、ある日店にやって来たお客の青年に、不思議な胸さわぎを覚える。彼、草太の連れのクラシカルな装いのご婦人は、この世のものならざる存在だったのだ。

『いつか緑の花束に』より。意気投合し、店外で会うようになった花と草太。2人のちょっとした会話のなかにも、作者の哲学がほの見える。
草太はよくカフェを訪れるようになり(その側には常にご婦人が!)、花はそのことを口にしないままに彼と親しくなっていくが――。
偶然の数かぎりない出会いのなかから「好き」を選び出す直感も、自分の価値観を語る理屈も同等に備えている花は、じつに吉野らしい明晰なヒロインだ。
しかし、遺作となったこの作品で、奇しくもすでに世を去った人と現世との交わりを描いていることに安らぎを感じてしまうのは筆者だけではないのでは……。
巻頭を飾る『MOTHER』は、「月刊フラワーズ」2016年1月号に掲載された作品。
進化した科学技術と、何物にも代えがたい強い力を持つ自然とを、国ががっちりとつかさどる近未来が舞台だ。

『MOTHER』より。侵入者のためにこっそりパンを持ち出し、分けてやったことで、とがめられる少女・キタッラ。一度破壊され、再生の道を歩むこの世界は、厳格な秩序に支配されている。
発表予定だった続編のネームが収録されているのもうれしいかぎり。
やわらかくも意志的なその筆跡からも、吉野朔実という作家の息吹が立ちのぼってくるようだ。

『MOTHER』続編のネームより。本書にはさらにこの関連作と思われる『劇団ソラリス』のネームも収録されている。
<文・粟生こずえ>
雑食系編集者&ライター。高円寺「円盤」にて読書推進トークイベント「四度の飯と本が好き」不定期開催中。
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