日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『スパイダーグウェン』
『スパイダーグウェン』
ジェイソン・ラトゥーア(作) ロビー・ロドリゲス(画) 光岡三ツ子(訳) 小学館集英社プロダクション ¥2,100円+税
(2017年3月15日発売)
2014年〜15年にかけて、マーベルコミックスで展開されたクロスオーバー作品『スパイダーバース』。スパイダーエネルギーを求めて時空を越える、ほぼ無敵といえる力を持つバンパイア・モーラン一族は、様々な並行宇宙のスパイダーマンを強襲。これに対抗すべく、スパイダーマン同士が手を組んで対抗するというこの物語から、新しいスーパーヒロインが誕生した。
それが、スパイダーグウェンだ。
アメコミでは、メインとなるストーリーラインで起こった事象に対して「if=もしかしたら」という視点で、事象自体が別の流れになった状況を作品として描くことがある。そして、それらは、ただの「if」ではなく、別次元に存在する並行宇宙での出来事として継承していくことも多い。
スパイダーマン=ピーター・パーカーを主人公とするメインのストーリーラインである『アメイジング・スパイダーマン』のなかで、その後も物語に大きな影響を与え続けているある事件が存在している。それは1973年に描かれた、グウェン・ステイシーの死だ。
スパイダーマンの宿敵であるグリーンゴブリンは、ピーター・パーカーの恋人であるグウェン・ステイシーを誘拐。戦いの最中に橋の上から突き落とされ命を落としてしまう。主人公の恋人がヴィランに殺されてしまうという衝撃的展開とその後にピーターのヒーローとして有り続けるためのトラウマとなる事象は、重要なエピソードとしてファンによって語り継がれることになる。
『スパイダーグウェン』は、そんなメインストーリーからの「if」で誕生した物語なのだ。クモの能力を得るのは、ティーンエイジャーの男子ではなく女の子であったら? スーパーヒロインが事件のなかで恋人を失ってしまったら? そうした立場的な逆転をベースにし、グウェン・ステイシーを主人公とした物語がスタートすることになったのだ。
『スパイダーグウェン』では舞台をスマートフォンが普及している2010年代以降の現代的な世界観で描くという試みがなされている。恋人の死というトラウマ、趣味でやっているガールズバンド&学生生活とヒーロー活動との両立、そして警察という立場で市民を守る父との関係性などが描かれることによって、ピーター・パーカーを主人公とする物語とは別の側面を描写することに成功している。
また、そうして物語の画期的な要素に加え、新たにデザインされたスパイダーグウェンのコスチュームデザインのすばらしさが状況に拍車をかけている。単に女性にスパイダーマンの衣装を着せるという方向性ではなく(これは、すでにスパイダーマンの娘であるスパイダーガールが活躍物語として別の並行宇宙の物語として存在している)、白と黒のツートーンカラーを基調に、アイコンであるクモ糸の模様が入った紫に近い赤のラインが描かれ、そして一見してシルエットが大きく変化するフードを被ったスタイリッシュなデザインを創出。マスクを脱げば金髪の美少女が現れるというその姿は、男性ファンだけでなく、女性からも高い支持を得ることになっていった。
新たに創出されるアメコミキャラクターのすべてが成功する訳ではなく、キャラクターとして浸透するまでに時間がかかってしまうことも少なくない状況のなかで、2014年に登場しながらもその人気から本作に掲載されているミニシリーズを経て、現在は本格連載に入っている『スパイダーグウェン』。
現代的なスーパーヒロインのポテンシャルの高さをぜひ味わってみてほしい。
<文・石井誠>
1971年生まれ。アニメ誌、ホビー誌、アメコミ関連本で活動するフリーライター。アメコミファン歴20年。
洋泉社『アメコミ映画完全ガイド』シリーズ、ユリイカ『マーベル特集』などで執筆。2013年から翻訳アメコミを出版するヴィレッジブックスのアメリカンコミックス情報サイトにて、翻訳アメコミやアメコミ映画のレビューコラムを担当している。