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『江戸力士咄』 にしだかな 【日刊マンガガイド】

2015/04/12


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『江戸力士咄』
にしだかな 少年画報社 \780+税
(2015年3月16日発売)


下町の人々と猫の生活を優しく描いた『品川宿 猫語り』の作者の最新作は、力士と猫の物語。そしてタイトルにあるとおり、江戸を舞台に描く時代劇となっている。

猫好きで、猫に好かれもする幕の力士・三毛の山。そんな彼は、周囲から「福猫」と呼ばれてもいる。三毛の山を投げた相手は運がついて出世するという評判がたっているからだ。
彼自身は幕内にあがった途端、なぜか勝てなくなってしまっていた。親方も実兄もそれがなぜなのか「よく考えろ」と説くが、現状に甘んじる三毛の山は聞く耳を持たない。

そんな三毛の山に懐いて、家までついて来てしまった1匹の猫。その猫を眺めながら、三毛の山は相撲が好きで、相撲に燃えていたかつての自分を思い返す。
「好きは上手の元」。これまでと違う姿勢で、三毛の山は勝てずにいる相手・稲光と立ち合うが……。

三毛の山をはじめ、相撲部屋の若き力士たちと、部屋にいついてしまった猫たちの物語が、連作オムニバス形式で温かに紡がれていく。
派手さや目新しさこそないが、相撲さながらに腰が入っていて、だれからも好まれる職人芸の作品だ。だからと言って、侮ってはいけない。
猫にまつわる人情ドラマにして、相撲マンガでもある本作。説明的でなく、ドラマの構成要素として描かれる相撲の意味や意義に、ハッとさせられる。そこも本作の魅力だ。

たとえば、三毛の山は親方からこう言われる。
「勝てねえ力士は客がつかねえ いや勝つ負けるは別にしてもだ お前の相撲はつまらねえのよ」。
また親方は、格下相手に正面からではなく変化でぶつかる二枚目力士・黒石には、こう言う。
「勝つのはいい 勝ち方を考えろつってんだ」。
こうしたセリフは、今、角界で取沙汰されている問題とも重なってくる。興行であり勝負である相撲の核を突いている言葉だ。

本作は大衆的な手堅い作品ということになるだろう。でも、こちらも相撲さながら、手堅い作品となるのは柔らかにしみるうまさがそこにあるからで、大衆的なものには筋のとおった真理と真実がある。
相撲がモチーフになっていることで、作者・にしだかなの安定感と安心感、力量と度量というのもより力強く、よりストレートにも深く見えてくる。
大きな力士たちと猫の取りあわせも愛らしく、力士たちの勝負と友情も読みどころだ。



<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌『ぴあMovie Special 2015 Spring』が3月14に発売に。映画『暗殺教室』パンフも手掛けています。

単行本情報

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