「どセンターじゃないおもしろさ」を伝えたくて……
――では話を本筋に戻して、ほかに本作で意識していることなどはありますか?
山口 もう30年近く描いているので、あんまり同じような絵を慣れで描いちゃわないよう、なるべく違うアングルで描こうとしていたりはしますが……。あとは作品に向きあう時の気持ちですね。こう、「もっと生きてやろう!」みたいな日にしか『衛府の七忍』は描かないようにしていて。作家と作品は向きあってるものだし、どういう気持ちで描いてるんだというところはリンクさせたいというのは以前からの考えなんですけど、今回はたとえばキックボクシングの先生に褒められたとか、長いこと既読スルーだったメッセージに返信が来たとか(一同笑)。そういううれしいことがあった日に原稿に取り組むようにしてるんです。その活き活きした気持ちを作品に込められたらいいなって。
――逆に「今日はなんか違うな」みたいな日があった場合、いっさい原稿には手を付けないんですか?
山口 そうなんです。いちおうできてはいるんだけど、「なんか血が通ってないな……」って感じる時はあって。そういう時は気持ちを込めたいので、「ちょっとまだ」みたいなことはありますね。
――担当編集さんとしては、そのあたりどう受け止めておられるのでしょうか?
担当 まぁ、だいぶ、だいぶ(強調)困りつつ(笑)。それでも上がってきた原稿の仕上がりを見れば、間違いないなとは思っております。
山口 音楽とかでも、メロディーとリズムは合ってるのに、なんか乗れない曲ってあるじゃないですか。そういう気持ち悪さよりは、気持ちが入ってるほうがいいかなって。まぁ、これベテランなのに、こんな新人みたいなこといってちゃダメなんですけど(笑)。
――(一同笑)
――いや、むしろ新人には許されない気もしますけど?
山口
そうかもしれないですね(笑)。とにかく『シグルイ』の頃とは絵もだいぶ違うと思うんですよ。“ワクワク感”が線に出てるというか。もしかすると「線が荒れてる」っていわれるかもしれないですけど、今はそれでもかまわないと思って描いてます。それぐらい気持ちがあふれてるんで。こんなやり方をしてちゃ、破滅するのはわかってるんですけどね。
でも、その破滅も込みで見せてやろうかなって、それぐらいの心がまえです。もう僕も50歳を越えて“幸せのチケット”みたいなのは完全に捨ててるといいますか……。一般的な「アンドロメダ行きの列車」は見送ったようなところはあるんですけど(笑)、それで光るチケットってのもあると思うんですよ。それを作品にぶつけ続けていきたいなと。
――そのルートじゃないと見えないことってありますからね。
山口 「どセンターじゃないおもしろさ」みたいな、その感覚が少しでも伝わるといいんですけど。
ファン注目の「宮本武蔵編」が収録された、最新第5巻について
――では、新刊となります第5巻について、特に注目していただきたいところをお聞かせください。
山口 前巻に引き続き、メインとなるのは「宮本武蔵編」となりますけど……。ここは特に描いていて疾走感が自分にもあったので、それをページをめくるたびにグイグイ感じていただけるといいなと思います。
――じつは『シグルイ』の頃に『このマンガがすごい!』本誌に掲載された過去のインタビューでは、「宮本武蔵のような名のある剣豪にはあまり興味が持てない」とコメントされていて、要はそれより「名もない剣士」のほうに惹かれるということだったんですけど、それから時間を経て心境の変化のようなものはあったんでしょうか?
山口 今でも基本的には同じ考えはあるんですけど、徳川家康と同じく、立派に描かれてるものとは違う角度からアプローチしてみたいということですね。あと、武蔵は井上雄彦さんや板垣恵介さんが描いた作品もあるので、「俺だったらこう描く」みたいなところでも、すごくやりがいを感じられました。幸い、この「宮本武蔵編」は連載中から評判がよくて、「目指してたのはこういうことだったんじゃないの?」って自分でもずっといってましたけど。最初からこれでいくべきだったんじゃないのかって(笑)。
――それと、これまで単行本化に際して、連載時のものに加筆されたり再構成されたりすることも多かったですけど、今回もやはり同様に手を入れられているのでしょうか?
担当 修正のある箇所に付箋を貼ってるんですけど、ほとんどのページに付箋がありますね。
山口 いつまでもあきらめが悪いと思われそうですけど、連載のページ数で掲載される時と単行本とでは、どうしても盛りあがりのリズムや流れが変わってきちゃうんですよ。それを見越して、最初からバシッと最高のものを描ければいいんですけど……。まぁ、連載と単行本とで2度楽しめるという受け止め方をしていただければと。
――では、今後のことも含めて、最後に総括していただけると幸いです。
山口 ここまでお話したこととも重なりますけど、とにかく『衛府の七忍』は過去の作品と比べても、決してストイックではない、むしろポップなところが前面に出ていると思うので、そこを楽しんでいただきたいですね。それに、今は読み手の読解力がすごくて、いろんなことを深読みしていただけるのもありがたいことです。ときにはこちらが考えてもいなかったようなところまで読みこんでくれている人もいたりして、そういうコメントは僕としても興味深く読ませていただくこともあります。
――もしかすると、ときには「それは曲解では?」というようなこともあるかもしれませんけど、それもアリなほうでしょうか?
山口 どんどん自由に解釈していただいてかまいません。ただ、今作は過激な描写はあるにせよ、読んで落ちこませようとして描いているわけではないので、「読んでいて気持ちが落ちこんだ」っていわれると、それだけは棘が刺さったような感覚になるときがありますけど。
――推しのキャラクターが絶命したり、そういう悲しみなんでしょうかね?
山口 もしそうだとしても、あまり落ち込まないでいただきたいですね。僕の作品の場合、またどこかで転生して活躍することもあると思いますから(笑)。
取材・構成:大黒秀一
<インタビュー第1弾も要チェック!>
【インタビュー】山口貴由『衛府の七忍』読者にウケてほしくて描いている! ――著者の「パねぇ」エンターテインメント精神に迫る