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中島三千恒『軍靴のバルツァー』インタビュー【前編】 キャラとコミュニケーションをとって作品を作っていく【総力リコメンド】 

2014/12/09


主人公・バルツァーの役職、軍事顧問ってどんな役割?

――主人公・バルツァーについてお聞きします。軍事顧問という役どころですが、マンガの設定としては非常に珍しいですよね。

中島 最初は軍事顧問という設定はなく、ただ軍学校を舞台にしようという発想でした。その学校で、主人公は生徒にしようか先生にしようか、ずーっと悩んでいました。

――3巻の巻末にある「暮らしのポイント(作中設定ページ)」[注15]で書かれてますね。

中島 それです。それが初期案です。


初期案バルツァーはなんだかとってもヤンチャな感じで新鮮! ぜひ若きバルツァーが活躍するサイドストーリー描いてください!!

初期案バルツァーはなんだかとってもヤンチャな感じで新鮮! ぜひ若きバルツァーが活躍するサイドストーリー描いてください!!

――では、最終的に教師側にした理由は?

中島 もともとプロイセンという国で行われた軍制改革に興味があったので、この作品のコンセプトは「軍事をわかりやすく説明する」なんです。でも、主人公を生徒にすると、できることが限られちゃうんですよ。生徒が軍学校に飛び込んで、そこでいろいろな事件を起こしながら学校を変えていく……みたいなかたちも考えたんです。

――現代が舞台の学園ものだと、よくあるパターンですよね。

中島 軍事もので主人公の行動を破天荒にし過ぎると、命令違反だらけ、軍規違反ばっかり。それだと読んでいる人も興ざめしちゃいますよね。

――それはたしかに、急にリアリティがなくなっちゃうような気がします。

中島 だったら教官にするしかない。しかし教官にすると、学校内部の人間であるため、外から飛びこんできて「学校を変える」という、外からの視点がなくなってしまう。そこでずーっと半年ほど悩んでいたんですけど、それならいっそ「教官」と「外の視点」の要素を組み合わせて、「外国から来た教官」はどうだろう、と考えたんです。

平和になれた仕官学校の生徒を「嫌われ者の戦争屋」にすべく軍事顧問として派遣されたバルツァー。初期案と比較するとふてぶてしさや凄みがぜんぜん違う。

平和になれた仕官学校の生徒を「嫌われ者の戦争屋」にすべく軍事顧問として派遣されたバルツァー。初期案と比較するとふてぶてしさや凄みがぜんぜん違う。


――なるほど、教官ではあるけれど部外者。

中島 外国から来た軍事顧問とすることで、いちばん座りがいい感じになりました。実際、クラウゼヴィッツは陸軍大学校の校長の経験があり、ジョミニはスイス、フランス、ロシアの各国の幕僚になっていますし、シュトイベン[注16]はアメリカ独立戦争で大陸軍の基礎を作って、メッケル[注17]は日本陸軍の近代化に貢献しています。軍事顧問や教官という立場は、誰のエピソードを読んでも、カルチャーギャップからくる苦労話や愉快な話がたくさんあるんですよ。

――この作品を描くにあたって、影響を受けた作品とかあります?

中島 映画『墨攻』[注18]です。『軍靴のバルツァー』のアイデアを練る時に、ちょうどタイミングよく映画版を見ていたんです。主人公が閉鎖的な城のなかに行って、軍事を教えるんですね。だから役回りとしては、軍事顧問と同じ。ダイレクトに影響を受けました。

――なるほど。

中島 あとゲームの『シヴィライゼーション』[注19]の影響も強いです。

――シミュレーションゲームですね。

中島 あれは戦争ゲームなんですけど、軍事だけじゃなくて、文明の発展がテーマでもあるので、いろいろな勝利条件が用意されているんですよ、「テクノロジーによる勝利」とか「経済による勝利」とか。そういったのが戦争と同列に勝利条件として扱われているのが斬新でした。ドンパチだけじゃなくて、文化圏を広げることが勝利、みたいな。

――『軍靴のバルツァー』は産業革命の時代でもありますしね。

中島 そうです。作中に鉄道、電信、器械体操などなど、当時の文化的な要素もかなり出てきます。文化的な広がりとか、進歩とかも表現したいです。

器械体操がそんな役割を担っていたとは! 作中には思わず誰かに教えたくなる「へえ~」な豆知識もてんこもり。

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  • 注15 作中の設定を開設するページ。「月刊コミック@バンチ」には、掲載作品のあとに「MY PAGE」という1ページコラムが用意されている。このページは作家が自由に使うことができる。創刊編集長の里西哲哉氏によると、「せっかく新雑誌を創刊するのだから他誌とは違うことをやりたい」「作家さんのことをもっとよく知ってもらおう」「読者と作家の近づける」といったコンセプトで設けたとのこと。中島先生の場合は、作中で描ききれなかった細かな設定をフォローする「作中設定ページ」として活用し、作家によっては作品と関係ないエッセイを書く人もいる。「MY PAGE」は雑誌の企画ページであるため、作家によってはコミックスに収録されないケースもあるが、『軍靴のバルツァー』はすべてコミックス巻末に収録している。
  • 注16 フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・シュトイベン(1730~1794)。プロイセン王国の陸軍士官。アメリカ独立戦争ではのちのアメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントン将軍に仕えた。監察官として大陸軍に軍隊訓練と統制の基本を教え、組織再構築をおこなった。その功績からアメリカ合衆国建国の父のひとりと数えられることも。
  • 注17 クレメンス・ヴィルヘルム・ヤーコプ・メッケル(1842~1906)。ドイツ帝国の軍人。明治初期の日本において3年間、陸軍大学校の教官をつとめ日本陸軍兵制の近代化と基礎作りに多大な功績を残したことで知られる。学生がつけたあだ名は「渋柿オヤジ」らしい。
  • 注18 原作は、中国の戦国時代を舞台にした酒見賢一の歴史小説。1991年発行。主人公は墨家の革離。墨子の教えから乖離した墨家集団の反対を押し切り、単身で梁城の防衛に参加。軍略によって圧倒的不利な状況を覆していく。1992年から小学館「ビッグコミック」で、作画・森秀樹、脚本・久保田千太郎によってマンガ化された。2006年に香港で映画化(マンガ版を原作とする)された。監督はジェイコブ・チャン、主演はアンディ・ラウ。
  • 注19 文明をモチーフとするターン制シミュレーションゲーム。大元となったのは1982年にアバロンヒル社から発売されたボードゲーム。コンシューマゲームとしては、複数のメーカーから発売されている。

単行本情報

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