何を食べるかよりもシチュエーションが大事!
雨隠 この話って、料理に合わせて話を作るのではなくて、ドラマを考えてからレシピを決めているんです。もともとキャラが描きたいというところからスタートしているので、そこはブレないようにしようと。
——そうなんですか? お料理を作り始めるまでの流れがすごく自然ですよね。
雨隠 ただ連載1回目は、ご飯しかないと決めてました。基本ですし……私がとにかく白いご飯好きっていうこともありますけど。ご飯に佃煮、お新香があれば何もいらないくらい!
——小鳥と犬塚先生と、おなかをすかせたつむぎが3人で、炊きたてのご飯を食べる場面は感動的です。
雨隠 この場面はとても気に入ってます。
——ご飯しかなくても充分においしそうで、幸せそうで……たまりません!
雨隠 この作品では、料理がおいしく仕上がることよりも、食べるシチュエーションの大事さを描きたいという想いがあります。「いっぱい遊んですごくおなかがすいたから一段とおいしい」という経験はだれでもありますよね。ですから、担当さんとはおいしかった食べ物の思い出について、よく話すんです。
担当 たとえば、仕事で落ちこんで深夜に家に帰ったとき。カレーを温めてひとりで食べていたら、慣れ親しんだ母の味が染みてボロボロに泣いてしまったとか。
雨隠 私もこんなことがありました。祖父が亡くなったとき、バタバタして丸一日何も食べず……夜中にようやく一段落して、家族で近所のラーメン屋に入ったんです。そのとき食べたラーメンがびっくりするほどおいしくて。家族みんなで「ホントにおいしいねぇ」って言いあいながら食べたんですよ。このお店、こんなにおいしかったっけって。不思議なものですよね。
——なるほど、シチュエーションによって
雨隠 「こうだからおいしかった」とはっきり言えないことなんですが、そういうイメージを大事にしたい。何を食べるかよりも、どんなシチュエーションでだれと食べるかを重視して描いていきたいんです。
——1話目は「いっしょに食べることがうれしい」という感情から始まってますよね。
雨隠 犬塚先生はつむぎにおいしいものを食べさせたい一念で、小鳥のお母さんのお店に駆けこんだわけですが……つむぎの欲求はそこではなかったんですよね、まあ結果いいほうに転んだんですが。
——白いご飯だけでもこれだけ満足したわけですもんね。ご飯をほおばりながらの、「おとさんっ」「たべるとこみてて!!」は屈指の名シーンです!
雨隠 ここは一番作品のキモになった場面です。できあいのお弁当じゃなくて手作りが食べたいということじゃなくて、ただ「私が食べてるのを隣で見ててほしい」という。“おとさん”に求めるのはおいしいものを作れという要求じゃない……これを1話目でちゃんと描けてよかったと思います。
担当 ネームでこのセリフを見たとき「天才だっっ!」と思いました。
雨隠 これが描けたから、以降、描きたい話がどんどん出てくるようになったかもしれません。
——このセリフはかなり考え抜いて作ったのですか?
雨隠 いえ……つむぎの気持ちを考えたら、すらっと出てきました。
——子どもって遊んでるところを見てほしがったりしますが、究極的には人って大人になってもそういうところがあるのでは。だから、このシーンに感情移入してしまうのでしょうね。
雨隠 見ててほしい気持ちをわかってもらえていれば、ずーっと見ててくれなくても大丈夫なんだと思います。
——小鳥とお母さんの関係は、まさにそれでしょうか。
雨隠 はい。きちんと親子関係が築けているから、小鳥は少しさみしくてもお母さんの立場も理解できるんです。まあ年齢的なこともありますけど、「仕事と私どっちが大事なの?」なんてことは言わない。今までお母さんがちゃんとコミュニケーションしてきた結果、小鳥はひねくれずに育ったのかな。
——小鳥は料理研究家の娘なのに、料理ができないという設定もおもしろいですね。
雨隠 担当さんと私がそうなのですが、親だったり友人だったり、料理がうまい人が周囲にいるとますます作らなくなるんですよ。うまい人がいるなら別に私がやらなくても、と(笑)。小鳥の場合は、包丁で手を切ったというトラウマもあって台所から遠ざかってしまったという理由もありますが。
——それでも、小鳥が自分も料理したいと思うのはお母さんへの憧れが根底にあるのでしょうね。
雨隠 そうですね、とにかく食べるのは大好きですし。
——1話目では、小鳥もつむぎと同じくらい大きな体験をしていますよね。犬塚先生と協力しておいしいごはんを作ったこと、つむぎが喜んでくれたこと、その2人とおいしさを共有できたこと。犬塚先生との今後の関係も気になります!