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ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス』対談インタビュー 古代ローマに話題の不動産王・トランプ氏が登場!? 「とりマリ」コンビが魅せる「多面性」の醍醐味

2016/09/18


古代ローマにアメリカ合衆国の選挙を反映!? 気になる今後の展開

――連載も3年目に入って、人間ドラマとしても重厚で目が離せなくなってきました。

ヤマザキ 人間の裏切り方とかが容赦なくてすさまじいですからね。古代ローマって、キリスト教的な倫理観がまだ定着してないですから。古代ローマではこれからたいへんなことが起こっていくわけですが、なんでキリスト教という宗教が発生したのかっていうところもポイントだし、そこでひとつの価値観に縛られないプリニウスという人物が何をやらかすかっていうのが最大の見せ場にもなると思います。あと、プリニウスがどんな幼少期を過ごしたがために、こんな思想に自由奔放な変人になったかというのも描きたいし。終着地はプリニウスが死ぬまでって決まってるんですけど、そこに辿りつくまではまだまだかかりそうです。

――現実でも、今まさに世界的にたいへんなことが次々に起こっているので、作中でも思いがけない反映が出てきそうですね。

ヤマザキ 第30話がまさにそうで、アメリカの選挙の反映がうっすら出てます。古代ローマの都市ポンペイでは毎年、2人委員と呼ばれた造営官が選挙で選ばれていたんですが、そのひとりの顔をトランプ[注5]そっくりに描いてて、もうひとりはヒラリー[注6]には似ていないけど、彼女的な立場の女の人が出てくる。実際に当時のポンペイには女性であっても経済的に成功を成し遂げた権力者がいたとされています。さっきの水木しげるさんみたいなのも含めて、古代ローマが舞台ではあっても、時事ネタはじつはいっぱい入れてますね。

とり こういう遊びを嫌う人もいるけど、遊びがないとマンガっておもしろくないですからね。どんなに古代のことを描いていても、反映してないとマンガって現在のことを描いてないとマンガではないと思うので。

――いや、『プリニウス』のおもしろさはそこじゃないでしょうか。単に歴史ものとしても楽しめるけど、至るところに多岐にわたる知識なり、オマージュなりが織りこまれている。読者もそれを読み解くことで自らの世界がどんどん広がっていくような……、知的好奇心をモーレツに刺激されます。

とり まさにそれが目的ですからね。マンガって単に時間を潰したり、読んで楽しい時間が過ごせればいいってぐらいに接してる方も多いと思うんです。それは全然間違ってないし、悪いことでもないけど、でも、全部がそれだけでもつまんないだろうってことは僕らは前から思ってて。そういう人はいっぺん読んでわかんないと、そこでストップしちゃう。昔の英文解釈の宿題なんかも、ひとつ単語がわからなかったら止まっちゃいがちだけど、そういうのはとりあえずほっといて読んでいけば、読み終わったあとにわかってくることもある。『プリニウス』は、それと同じ構造を心がけています。

ただの「歴史マンガ」としてではなく、多面的なおもしろさを盛りこんでいると話すヤマザキ先生。

ただの「歴史マンガ」としてではなく、多面的なおもしろさを盛りこんでいると話すヤマザキ先生。

――読む人間の知識の引きだしが増えれば触れるほど、さらに重層的に楽しめるような……。

ヤマザキ そうなんです。若い人が読んで、さらに10年後に知識を蓄えて読んだら、ああ、これはこういうことだったのかとわかる。その時にまた、新しい発見があるようなつくりになってますので。この作品はプリニウスの『博物誌』に基づいて描いてるわけですが、もともと『博物誌』自体が百科事典みたいなものだから、気がまえて読むものではありません。『プリニウス』も事典的なつくりを目指して、絵を中心に史実とフィクションを織りまぜながら、いろんな要素を盛りこんでいるので、ストーリーを追うだけでなく、時々本棚からとりだして、好きなページをゆっくり眺めたりして楽しんでもらいたいですね。

とり すべてのレイヤーを読み解こうとすると、時間もパワーもいるかもしれないけれど、まずはいちばん上の表層的なレイヤーの物語だけ読んで、プリニウスという人物をとりまくドタバタを楽しんでくれればいい。でも、もう一回振り返って読むと、その下にはさらなるお楽しみが、違うレイヤーで入ってますよって。

ヤマザキ そうそう、プリニウスはいろんなレイヤーで楽しめるつくりになっている漫画ですからね。古代ローマっていうのは本当に現在の人間が生きてきた縮図的なものが詰まっていて、そんな多様なバックグラウンドから出てきたのがプリニウスみたいな人なわけです。彼のあり方は今の日本の社会にもひとつのヒントにはなるという気がしてもいます。歴史ものだし、なんだか難しそうと思っている方もいるかもしれませんが、じつはそんな古代世界とも共感できる要素も沢山あると思いますし、将来のためにも読んでおいて損はないですよ! って、自分たちの作品でなかったとしても、心底からみなさんにおすすめしたいです(笑)。

――最後に、漫画家ではなくてもいいんですけど、まわりを見渡して、御自身と近いことをやってるなって思う人はいます?

とり どうだろ? 漫画家のなかにはいないかな…。

ヤマザキ 私も漫画家はあまり付きあいがないから、わかんないですね。漫画家ではないけど、すでに亡くなられた方にはなん人かいて、いろんなんことやってたって意味では開高健[注7]さんとか見てると、ああいう表現者は素敵だなって思いますね。『プリニウス』も、マンガって表現手段を使ってできているものではあるけど、いろんな要素が入ってるし、、ひとつのジャンルや価値観にとらわれない感じになっていると思います。

とり 僕は開高さんとも繋がりのあった小松左京さんがお師匠さんなので、やはり漫画家ではないけれど、その活動の影響は受けてますね。小松さんも多様性のある作家だったので……。どうしても、その道一筋の人のほうが偉いという風潮があって、いろんなことをやる人は軽んじられる傾向にあるんですけど、我々は音楽もいっしょにやってますからね。

ヤマザキ 生きてる人では、とりさんぐらいかな。私のボーダーレスさに懲りずにについてきてくれるのは。

とり それは私ぐらいでしょう(笑)。

ヤマザキ とりさんにとっても、そのマイペースさに対応していけるのは漫画界では私ぐらいしかいないでしょう(笑)。

ヤマザキマリ先生ととり・みき先生のそれぞれの知識、技術、そして想いが合体し、さらに魅力を深めていく『プリニウス』。政治、天災、宗教……古代ローマで次々と起こる事象にプリニウスや人々がどう感じ、どう動くのか今後も注目だ!

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  • [注5]トランプ 今年11月におこなわれるアメリカ大統領選の候補者で、共和党の指名が事実上確定しているドナルド・トランプ。差別・過激発言でメディアから大きな批判を集める一方、熱狂的な支持者を増やしている。
  • [注6]ヒラリー ヒラリー・クリントン。今年11月におこなわれるアメリカ大統領選の候補者で、民主党の指名が事実上確定している、ヒラリー・クリントン。もし当選すれば米国初の女性大統領となる。
  • [注7]開高健 作家。後のサントリー宣伝部で時代の動向を的確に捉えた数々のコピーを生み出す一方、執筆活動を始め、『裸の王様』で芥川賞受賞。ベトナムの戦場や中国、東欧を精力的にルポ。行動する作家として知られた。熱心な釣師としても知られ、世界中を釣行。釣り、そして食と酒に関するエッセイも多数。

お2人が『プリニウス』で合作するに至った経緯や、マンガづくりの裏話などをたっぷりと語ってくださったインタビューはコチラ!
ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス』対談インタビュー 
時を超えるお風呂SFコメディ『テルマエ・ロマエ』を手がけた著者を魅了する、新たな“古代ローマ人のおじさん”とは!?

取材・構成:井口啓子

単行本情報

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