人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、柏木ハルコ先生!
「ビッグコミックスピリッツ」で連載中の『健康で文化的な最低限度の生活』の主人公は、人とのコミュニケーションを取るのが苦手な新社会人・義経えみる。えみるは、生活保護を扱う福祉事務所に配属されて、自分には想像もつかない人生を歩んできた受給者たちに向きあっていく……。
えみるのまっすぐな姿、生活保護現場のリアルな描写が話題を集め、『このマンガがすごい! 2015』オトコ編第10位にもランクインした作品です。
今回は、待望の単行本第4巻も8月30日に発売し、さらに注目の集まる本作の著者、柏木ハルコ先生にお話をうかがいしました。
ぜんぜん違うようで、根は同じ。
柏木作品の軸は「コミュニケーション」にあり!
――柏木作品といえば、女の子の性欲を奔放に描いた『いぬ』や、SFの設定を用いて恋愛を描いた『地平線でダンス』など、性や恋愛をテーマとした作品のイメージが強いのですが、『健康で文化的な最低限度の生活』は、直球で生活保護を扱った作品です。ファンとしては「そうきたか!?」感が強いのですが、何か視点が変わるようなできごとがあったのでしょうか?
柏木 やっぱり、私の作品を長く読んでくれている方からは「前はエロマンガ描いてたのに、どうしたんだ」みたいなコメントをもらうことはありますね。私としては、エロとか恋愛だけにこだわって描いてきたつもりはなくて、「自分はデビュー以来一貫して人と人とのコミュニケーションを描いてきた漫画家だ」と思っています。
視点が変わった……というよりは、視野が広がったのかな。2011年の東日本大震災がきっかけです。
それまで、私にとってマンガというのは「自己表現」だったんです。自分の頭のなかで考えたことをマンガに描いて「どうです? コレ。」って感じ。だから「他人に頼らず、自分の頭のなかだけでいかにおもしろいことを考えられるか」が勝負だと思ってた。だけど、30代くらいから、この価値観のままだとヤバいと思い始めて。
――それはまた、どうしてですか。
柏木 孤独街道一直線なんですよ、その考え方でいくと。自分を肯定するために、だんだん周囲の漫画家を嫌いになっちゃうし、その漫画家をほめている人も腹立たしくなっちゃう。
ちばてつや先生が以前、「ほかの人のマンガを批判してばっかりだと、自分の作品が描けなくなる」というようなことをおっしゃっていたと記憶しているのですが、まさにそのとおりになっていたんです。
──東日本大震災から、生活保護というテーマにたどりついたのはなぜでしょうか?
柏木 震災の直後くらいから、フツーの人が社会に対して発言することが増えましたよね。私が親しくしている漫画家さんたちも、FacebookとかtwitterなどのSNSを通じていろんなコメントをしていました。それを見て「この人、こういうふうに捉えるんだ」とか「わ、意外だな」と思うことが多かったんです。でも、価値観が違うからといって、その人を嫌いになったりはしなかったし、その人が描いたマンガが好きなのも変わらなかった。その時、人間関係とか、社会の複雑さを改めて実感したんですよ。人はそれぞれいろんな思いや事情を抱えているんだなって。
その複雑さを、そのまま描きたかったんです。自分とは違う人間に向きあおうとする人間の心を描きたかった。
生活保護をテーマにしたのは、生活保護の現場には、社会の問題が凝縮していて、人間関係の複雑さも出やすいと思ったからですね。だからこの作品も、コミュニケーションのマンガであることは違いなくて、これまでとテーマが大きく変わったわけではないんです。
──主人公で新人ケースワーカーのえみるは、人とコミュニケーションを取るのが苦手な女の子です。モデルはいるんでしょうか。
柏木 特にいませんが、自分のいろんな部分を投影しています。
──意外な感じです。先生はコミュニケーションが得意でないという感じはあまりしませんが……。
柏木 じつは私、子どもの頃から人づきあいがあまり得意ではなくて、できることならずっと部屋に閉じこもっていたいタイプ。「空気が読めない」なんてのも、自分の投影なんです。
──そういえば、『いぬ』の中島や『ブラブラバンバン』の白波瀬、『よいこの星!』の民ちゃんなど、先生の作品では、人とコミュニケーションを取るのが苦手なキャラクターが重要な役どころを担うことが多い気がします。
柏木 彼らにかぎらず、これまでの作品ではほとんどのキャラクターに自分のいろんな部分を投影して描いてます。
──今回の作品は、どうですか?
柏木 えみるには4人の同僚がいますが、その子たちは「こういう子ね」と自分の想像力で書ける。これまでの私の作品に登場していてもおかしくないキャラクター設定というか。 描きやすいのは、栗橋かな。えみるとは違ってしっかり者で、ちょっとお堅い女の子です。
──そのほかのキャラクターはどうですか?
柏木 生活保護を受給している側の人々を描くのが難しいですね。彼らをいかに描くのか、それが今後この作品を描いていくうえでの最大の課題だと思っています。
──受給者それぞれの「目が語る」表情は訴えかけるものが大きく、読者としては「これぞ柏木作品!」と引きこまれるのですが……。具体的にはどういう難しさがあるのでしょうか?
柏木 生活保護を受給している人のなかには、こちらの想像を超えるつらい経験をしている人が多くいるので。虐待やDVなどですね。自分の想像だけでは足りないので、いろんな人からなるべくたくさん話を聞いて描くようにはしています。が、それでも最終的には想像で描く部分は残ります。 そこに、自分を投影したキャラクターじゃない人を描く難しさがありますね。
──まさに新たな挑戦といったところですね。お話にあったように、受給者の方にも取材をしていくのでしょうか?
柏木 そうですね。でも、まだまだ足りないです。生活保護の現場では、本当に1人ひとりが異なった問題を抱えているので。