ラジオ出演がバレて生活が大ピンチになったヒロインの掛けあいは台詞ひとつひとつにキレがあり、テンポがよくて最高におもしろい。
沙村作品では会話と武器の攻防はほぼ同じというか、2つでひとつだ。『無限の住人』の卍も不死身だが無敵ではなく、苦戦した時は憎まれ口を叩き、敵の注意をそらしたりもする。
会話するように刀をぶつけあい、刃物が閃くように言葉を交わすテンポの良さ。会話はチャンバラと等価であり、だからスリリングなのだ。
「獲ろうぜ世界をよぉ」
「ラジオの地方局がでけえな言う事が」
「私が本当の意味で食いつめた時、再びお前の前に現れるだろう」
80万の預金のうち50万を男に持ち逃げされたうえに職も失う大ピンチがせっぱつまるほど、ミナレと周囲の人々との掛けあいは冴えわたる。ボケツッコミのなかで苦しい心をまぎらわせられるから。
しかし、ラジオはそうはいかない。反応が来るのは一番早くてTwitter、ノータイムで返ってくるわけじゃない。
目の前で笑いが起こるわけでもない、ひとりで場を持たせるパーソナリティならなおさら。それにカネを出すスポンサーも必要で、最低でも月170万円……って地方局の深夜3時でボッタクリじゃない?と思ったが、調べてみると相場らしい。
この「ラジオで週一のレギュラー(最初はアシスタントから)」というさじ加減がたまらない。
ラジオの仕事を始めたからといってすぐ食えるわけではなく、やはりバイトを続けなくっちゃならない。スープカレー店をやめるにやめられず、しばらくは二足のわらじを履くことになる。
しがらみから解放されるどころか、2つの職場で関係者が増えて(収入は減って)ますますグッチャグチャになる。後輩の中原は片想いしていたミナレを引き留めながら「別にやりたいことがあるわけじゃないでしょ」と揺さぶるしたたかさ。
さらに店長を車ではねて病院送りにした加害者の妹がバイトに入り、中原にモーションかけられてミナレもいらつく。
「芸能界にスカウトされて階段を駆け上りました!」のシンデレラストーリーではなく、泥沼に浸かりっぱなしなのがいい。
たまったイライラや、人間関係のもつれはミナレのしゃべりをキレキレにする。いいぞ、もっと追い詰めろ!
ラジオでの本格的な活躍は第2巻以降になりそうだが、これほど「声」が聞きたくなるマンガはいまだかつてなかったはずだ。
『波よ聞いてくれ』著者の沙村広明先生から、コメントをいただきました!
<文・多根清史>
『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』『超ファミコン』(ともに太田出版)など。