また、ちばプロの面々が作画中のシーンでは、擬音を描き分けている点にも注目したい。「シャッシャッ」「カリカリ」「スーッ」「ガリガリ」と、作業に応じて変化をつけているところに現場のリアリティが感じられるのだが、なかでもペン入れ中の「ぐぐっ」「ぐいぐい」という擬音は、筆圧の力強さを的確に表現している。「人の手の力加減で温もりが出る」という、作者が叩きこまれた“ちばイズム”がそこに見て取れるだろう。
全編を通じ、本作で描かれる「マンガを描く技術」とは、理論(セオリー)ではなく、ちばプロという現場で培われたノウハウなのだ。だから、マイスターと熟練工による職人芸のような印象も感じられる。
たしかに現在のマンガ業界はデジタル化しつつあるが、ソフトとハードは日進月歩、肉筆の再現性が高くなっているので、このように作品を通じて技術がライブラリ化され広く知られることで、“ちばプロの絵”が新しい作家にも技術継承されていく可能性が生まれる。
この作品は、職人の技術博覧会とかロストテクノロジーへの愛惜ではなく、未来への投資でもある。それゆえに、主人公の前向きさ、向上心といった未来志向が心地よく響く。作者の自伝的作品でありながら、読者はノスタルジーよりも、少年マンガ的な熱さを受けとることができるのだ。
そうしたマンガと読者への信頼こそが、もしかしたら“ちばイズム”なのかもしれない。
最後に余談だが、デビュー直後の川三番地は、小林まこと『青春少年マガジン』に登場。小林まこととの交友関係が描かれている。同作品には、新人作家たちの憧れの存在として、ちばてつやも登場するのだ。
また、この時期のちばプロを舞台とした作品に、ちばてつや『練馬のイタチ』がある。アシスタント募集の広告を見てちばプロにやってきた、マンガほぼ未経験の伊達銀次が騒動を巻き起こしていくというフィクションだ。これらの作品をあわせ読むことで、より『あしたのジョーに憧れて』の世界が立体的に感じられるだろう。
ちなみに『あしたのジョーに憧れて』の単行本には、ちばてつやインタビューが収録されている。
そこでは、ちばてつやが原稿中に怪我をして、トキワ荘メンバーに手伝ってもらったエピソードが披露されているのだ。この顛末は、2008年に「ヤングマガジン」で『トモガキ』(ちばてつや)という前・後編の読み切りで描かれた。
こちらは商業作品には未収録なので、こちらもぜひとも単行本化してほしいところだ。
『あしたのジョーに憧れて』著者の川三番地先生から、コメントをいただきました!
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでのマンガ家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama