さらに、もうひとつの柱は人間だ。妻を虫に奪われたベテラン駆除作業員、愛する息子が間男の種だったと知った中年男、怪樹の下で初恋の少女を待ちわびる青年、巨獣と融合する資質を持って生まれた少年……。4編ともに、異形の生物よりも強く人間にスポットが当てられている。彼らは、人知の及ばぬ相手と対峙することで、悩み、苦しみ、大切なものに気づき、決断する。
異形という存在は、ふだんはあらわにならない人間の奥深くを映し出す鏡としても機能する。異形だけでも、人間だけでもない。「両者が交わることで生まれる何か」が、作者の表現したい主題だろう。
ここでは表題作「まちあわせ」を簡単に紹介したい。「ゆりかごの樹」と呼ばれる巨大な塊のなかで見つかった15人の赤ちゃんのひとりである由香里。小学生の庄太郎は、転校してきた由香里に一目惚れし、2人はつきあい始める。だが、由香里は九州の病院へ入院することに……。
微笑ましい恋物語かと思いきや、後半の展開は優しくない。普通の少女に見えた由香里に迫る異変。「ゆりかごの樹」に通い続ける庄太郎。10年後、20年後、そして80年後……。この恋にどんな意味があったのか。2人の視点から語られる。
読後は、これまでに味わったことのない感情になるだろう。ロマンチックでもあり、とてつもないホラーでもあり、温かく幸せな物語でもあり、絶望のヴィジョンでもある。読む側が経験してきた人生の軌跡によっても、抱く想いは変わるはずだ。「害虫駆除局」もそうだが、簡単には消化させてくれない重さを持つ。
冒頭でも書いたとおり、これが田中雄一の初の単行本となる。今後も「異形と人」にこだわっていくのか、それとも新しいテーマを見出すのか。どちらにせよ、異形の、いやいや、異才の漫画家であることはたしかだろう。
『田中雄一作品集 まちあわせ』著者の田中雄一先生から、コメントをいただきました!
<文・卯月鮎>
書評家・ゲームコラムニスト。週刊誌や専門誌で書評、ゲーム紹介記事を手がける。現在は「S-Fマガジン」(早川書房)でライトノベル評(ファンタジー)を連載中。
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