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『ヨルとネル』(施川ユウキ)ロングレビュー! 『オンノジ』『バーナード嬢曰く』の著者が描く、ミニマムな世界の壮大なドラマ

2016/12/07


もちろん、2人だけでなく読者である私たちにも気づきは多い。
排水溝にたくさん落ちている小銭、聖なる場所かと思いきや上には自動販売機があった。電車のシートの背もたれと座面のすき間はこびとがはさまれると危険。ショートケーキのイチゴはよく見るとビッシリ並んだ種がキモイ……。

イチゴで遊ぶヨル。帽子をかぶせると奇っ怪な生物の出来上がり。

イチゴで遊ぶヨル。帽子をかぶせると奇っ怪な生物の出来上がり。

これらはまさにセンス・オブ・ワンダー。日常は驚きに満ちている。
こうした光景に、クールだが涙もろいヨルと気弱で心優しいネルが、時にはしゃいだり、時に冷静にツッコミを入れたりしながら旅を続けていく。

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親友同士の2人の絆が、逃避行を通してさらに強まっていく様子も本作の大きな読みどころ。
施川作品は、登場人物が非常に少ない。直接のつながりはないが、『ヨルとネル』との関連性が見いだせる『オンノジ』は、無人の街で暮らす少女と一匹のフラミンゴしか出てこない。『バーナード嬢曰く。』も登場人物は4人。『鬱ごはん』に至ってはほぼひとり。
その限られた人物を徐々に徐々に掘り下げていって、厚みをつくっていくのが巧みだ。
特にこの『ヨルとネル』は、お互いにお互いしかいない2人の濃い関係性が中盤以降クローズアップされてくる。未来が見えないなか支えあう彼らの姿にグッとくる。

ヨル「もし二人のどっちかがいなくなったとしても、オレ達の関係は変わらないからな」。

ヨル「もし二人のどっちかがいなくなったとしても、オレ達の関係は変わらないからな」。

ふと、映画『スタンド・バイ・ミー』が思い浮かんだが、そんな少年期の終わりを懐かしむノスタルジックな回想では片づけられない。ネタバレになるので書けないが、ラストはかなり衝撃的だ。

ヨルとネルのことを想うとやるせなさが募る。それでもほんの少しだけ清らかさに包まれるのは、2人が背負った宿命から解放されたことと、彼らの絆が永遠に失われないだろうということが伝わるから。

笑わせておいて泣かせる、シニカルなのにまっすぐなまなざし。
『ヨルとネル』は、ズルいと思えるほど素敵な作品だ。

2人を待っている運命は……。

2人を待っている運命は……。



<文・卯月鮎>
書評家・ゲームコラムニスト。週刊誌や専門誌で書評、ゲーム紹介記事を手掛ける。現在は「S-Fマガジン」(早川書房)でファンタジー時評、「かつくら」でライトノベル時評を連載中。
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単行本情報

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