すべてのキャラクターがとにかく濃ゆ~い長谷川作品。キャラクターに存在感を与える独特のタッチはどのようにしてできあがるのか? その驚きの作画法と漫画家としてのバックボーンとなった下積み時代や影響を受けた作品についてもお話をうかがった。
前編はコチラ!
長谷川哲也『セキガハラ』インタビュー前編 戦国武将×特殊能力×タイマン・バトル!? 【総力リコメンド】
プロとしての基礎を叩き込まれた塾生時代
――先生の作家としてのルーツをお聞きしていきたいのですが、劇画村塾[注1]のご出身なんですよね?
長谷川 そうです、僕が8期生でした。
――小池一夫先生[注2]が主催した劇画村塾は、高橋留美子先生(1期)[注3]とか原哲夫先生(3期)[注4]とか、とにかく数多くの作家を輩出しました。
長谷川 僕の2つ上には、『グラップラー刃牙』の板垣恵介[注5]さんがいたみたいですね。
――まさに漫画家の梁山泊といった感じですが、ここに通うようになった経緯は?
長谷川 大学を卒業してから上京し、2~3年ほどアシスタントをやっていたんです。それで、当時の劇画村塾は毎年生徒を募集していたから、そこに応募しました。
――実際のところ、どういうことをやるのでしょうか?
長谷川 講座は週に一度、だったかな? 最初の半年間は小池先生の講義を受けました。
――それはどういった内容で?
長谷川 もうとにかくキャラクター。「マンガで大事なのはキャラクターだ」ということを、徹底して教えられます。
――――キャラを立てる方法ですか?
長谷川 うん、「キャラを立てる」という言葉が、そもそも小池先生の造語みたいですからね。読切24ページの作品だとしたら、せいぜい7ページ目までにどういうキャラクターなのかを理解してもらえなければアウトだ、と教えられた。トビラから数えれば、読者が3回ページをめくる間にキャラが立っていなかったら続きを読んでもらえないわけです。
――なるほど、半年間みっちりと「キャラクター論」をやるわけですね。
長谷川 それから残りの半年は実践編。ネームを書いて提出しました。狩撫麻礼さん(1期)[注6]は毎回ひたすらボクシングマンガのネームだけを提出し続けたというエピソ−ドが言い伝えられていました。
――長谷川先生はどんな生徒でした?
長谷川 いや、僕は友だちいなかったから、誰ともしゃべらずに、いちばん前の席で黙って聞いてました。
――漫画家としての基礎は劇画村塾で学んだ、という感じでしょうか?
長谷川 プロとしての基礎はそうですね。
――デビュー前から好きだった漫画家、影響を受けた作家はどなたでしょう。さきほど横山光輝先生の名前があがりましたが。
長谷川 小さい頃は『鉄人28号』。あと『伊賀の影丸』も好きでしたよ。忍法合戦で殺しあいをするだけなんですけど。
――主人公以外、みんな死ぬんですよね。で、次のシリーズに入ると、新しい忍者を補充して、新しい敵と戦い、そしてまたみんな死んでいく。
長谷川 いいシステムですよ。潔い! あのドライな感じ、格好いいですよね。
――作家としても、すごくドライというか、割り切って作品を描いていたように思えます。
長谷川 あの方は、世のなかが何を求めているかを見て作品を描いていた印象がありますよね。ロボットも超能力SFも、魔法少女も歴史も、番長マンガも描いていて、しかも全部ウケている。横山さんが、漫画家としては理想型かもしれない。あそこまで吹っ切れているのはすごいですよ。
――横山先生以外では?
長谷川 諸星大二郎さん[注7]。僕が小学校の時に『生物都市』で手塚賞を受賞して、その時のインパクトがすごかった! 掲載される前号の「次号予告」で『生物都市』のカットが載っていたんですけど、もうそれが怖い(笑)。パトカーとかいろいろな物を融合した人工物が、ガラガラとこちらに迫ってくる絵が、まあ気持ち悪いんですよ。「なんだこれ、うわー、変なもの見た!」って感じなんですよ。
――そういった異質な物を作品のなかにブチこみたい、という欲求はあるんでしょうか?
長谷川 もう憧れですね。通りすぎたあとに「今の何?」って振り返ってしまうようなもの。「今、俺は何を見たんだ?」「一瞬、変な物が見えたぞ」という感覚。だから諸星大二郎さんの作品は、読み返した回数は数えられないほどだし、そうとう模写もして、カット割りまで覚えてる。
――劇画村塾を出て、一度デビューし、そのあとで原哲夫先生のアシスタントを経験されているんですよね?
長谷川 そうそう、「週刊コミックバンチ」(新潮社)が創刊してから原先生のアシスタントに入ったので、その時37歳でした。
――おそろしく緻密な絵ですよね。
長谷川 天才肌の人なので、おそらく自分の頭のなかに書きたい絵が浮かんでいるんですよ。だから、アシスタントが描いた下書きでも、自分のイメージと違えば描き直すくらい。そうやってクオリティを高めることを怠らない。あとね、原先生って、ギャグがうまいんですよ。
――あ、わかります。雑魚キャラのヤラレっぷりなんか最高です。
長谷川 いいギャグを使うんですよ。本当におもしろい。僕はギャグマンガも好きだったんですよ、『がきデカ』(山上たつひこ)[注8]とか『マカロニほうれん荘』(鴨川つばめ)[注9]とか、あと赤塚不二夫さんとかね。
――ギャグマンガを描こう、という意識はあるんですか?
長谷川 「いいマンガ」とか「いい作品」とか、基準はわからないですけど、読んでいて自由を感じられる作品こそが、本当に「いい作品」なんじゃないかと思うんです。『がきデカ』や『マカロニほうれん荘』は、その究極にあると思う。できないことなんかない、と思えるようなマンガでしたから。ただ、ストーリーマンガは応用で成立するけど、ギャグマンガは発明ですからね。発明をし続けなきゃいけない。それは修羅の道です。
――ストーリーマンガにしても、コメディリリーフ的にギャグが入ると、テンポがよくなって読みやすくなりますよね。
長谷川 僕は好きなんですけどね。でも手塚治虫さんが『ブラック・ジャック』でギャグを入れると、「せっかくいい話なのに邪魔だ」とか「おちゃらけるな」という批判もあったんですよ。怒る人もいるんだな、気をつけようとは思っています。
――『セキガハラ』にはギャグをガンガン入れてますね。
長谷川 そうですね、シリアスななかにギャグを入れるとウケますからね。小ずるいやり方ですけど(笑)。赤塚さんのマンガで、いきなり劇画タッチになってギャグをやるのが好きだったんで、ストーリーマンガをやりながらギャグにも対応できる絵ってのは、どういうものだろうと一生懸命考えたんです。
――ストーリーとギャグの両対応。
長谷川 そういう振り幅の絵として浮かんだのが、小島剛夕[注10]さんでした。
――『子連れ狼』とか『カムイ伝』(白土三平)の作画の、伝説的な劇画作家ですね。
長谷川 剛夕さんの『春が来た』ってマンガがあるんですけど、老人ふたりが旅に出るような話なんです。でも、子どもがじゃれついているような、キャッキャ遊んでいるような楽しい絵なんですよ。剛夕さんの絵のなかで、いちばん生き生きしていた時期の作品なんじゃないかと思います。小さい頃は小島剛夕さんのマンガのよさがわからなかったんですけどね、線が繋がっていなかったりするし。それが、年を重ねるとどんどんよくなってくる。
- 注1 漫画原作者・小池一夫が1977年に開講した漫画家・原作者養成のための講座。本文中に名前のあがった漫画家以外にも、ゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズのシナリオライター・堀井雄二など、さまざまなジャンルのクリエイターを輩出した。1988年にいったん中止(長谷川先生の8期生が最後)したが、2006年から再開。現在はweb講座も開設。
- 注2 本名は俵谷星舟。マンガ原作者、小説家、作家、作詞家、脚本家とさまざまな顔を持つ。漫画原作作品の代表作といえば『子連れ狼』が特に有名。後進の指導にも非常に熱心で、「劇画村塾」のほか大学や専門学校で教鞭をとっていたこともある。
- 注3 日本を代表する女性漫画家。代表作に『うる星やつら』『めぞん一刻』『らんま1/2』『犬夜叉』など。「るーみっくわーるど」と呼ばれる独特の世界観は男女問わず幅広い世代から支持を受け、作品のほとんどがアニメ化もされ、いずれも大ヒットしている。
- 注4 『北斗の拳』『花の慶次-雲のかなたに-』などで知られる漫画家。劇画調の緻密なタッチが生み出す濃いキャラと熱いストーリー展開が特徴。そして、「ひでぶ」に代表される悪党の奇抜な断末魔はマンガファンならずとも知っているほど有名。
- 注5 大人気格闘マンガ『グラップラー刃牙』シリーズで知られる漫画家。「劇画村塾」の6期生。格闘技好きで知られ自らも格闘技をたしなみ、漫画家になる前は陸上自衛隊に入隊していたこともある。独特のタッチと世界観は多くの熱狂的ファンを生み出した。
- 注6 マンガ原作者。「かりぶ まれい」と読む。『ハード&ルーズ』(作画:かわぐちかいじ)や、松田優作主演で映画化もされた『ア・ホースマン』(作画:たなか亜希夫)など代表作は多数。別ペンネームも数多く持ち、土屋ガロン名義の『ルーズ戦記 オールドボーイ』(作画:嶺岸信明)は、韓国で『オールド・ボーイ』のタイトルで映画化。同映画は2004年にカンヌ映画祭で審査委員大賞を受賞し、2013年にはスパイク・リー監督でハリウッドにてリメイクされた。リメイク版は2014年に日本でも公開。
- 注7 漫画家。代表作に『妖怪ハンター』『西遊妖猿伝』『栞と紙魚子』など。中国の古典や伝奇、SFなどに題をとり、日常の隣にある非日常を描く。「マンガの神様」手塚治虫をして「諸星さんの絵だけはマネできない」と言わしめた非常に特徴的なタッチと作風で、一度見たら忘れられないインパクトを残す。
- 注8 山上たつひこによるギャグマンガ。1974年から1980年まで『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて連載され、アニメ化もされた。当時のギャクマンガになかった「ボケとツッコミ」、主人公のこまわり君が放つ意味不明な一発ギャグ、過激な下ネタなどが受け大ヒット、のちのギャグマンガにも大きな影響を与えた。死刑!
- 注9 鴨川つばめによるギャグマンガ。1977年から1979年まで『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて連載された。個性的なキャラクター、たたみかける不条理ギャグ、それまでのギャグマンガになかったスピード感とセンスあふれるポップな絵柄などで爆発的大人気となった。
- 注10 漫画家。「こじま ごうせき」と読む。代表作は『子連れ狼』(原作:小池一夫)など。ペンではなく筆を使って作画していた。