日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『ホーリータウン』
『ホーリータウン』
宮崎夏次系 講談社 ¥650+税
(2015年9月23日発売)
なぜ、こんなにも心を掴まれるのだろう?
荒唐無稽でありえない世界のありえない人物たちのありえない話なのに。
こんなにも心を掴まれるのは、これは私たちの物語にほかならないからだ。
安眠枕の人間国宝である父の死を隠して、二流品の枕を売り続ける兄妹、妻にキレることでしか愛情を表現できない夫、家が気まずくてファミレスに逃げこむ少年と老人……。
短編集『ホーリータウン』の主人公たちは、滑稽なまでに不器用で独りよがりで、心配する家族やクラスメイトにもかたくなに心を閉ざしている。
「見ろ……僕は困らない」
「自分を守ろうという気持ちが文末にもにじみ出て10分も読んでいると鼻につくよ」
「何がぬくもりや ペッラペラの家の中で増殖しとるだけやないか」
あちこちに穴が空いたヘンテコな街は、そこに住む彼らのいびつな心のようで、不条理な設定や脱力感ただよう小ネタや暴力的な展開は、私たちの現実そのものだ。
なんであの娘の頭はチクワになってるのにみんな気づかないフリをするの?
「そんなの不潔だ」
「そういう何かと僕は一生戦いつづけます」
「だけど いったい何と……?」
読みながら自分のなかに、絶望とも希望とも悲鳴とも歓喜ともつかない「感情」が湧き上がってくるのがわかる。
宮崎夏次系を読むことは、つまり、それを体験することなのだ。
不器用な自分も最低な世界も、簡単には変わらない。
ネガティヴなことすべてをなかったことにして、素敵な記憶だけで新しい世界を作り直すこともできるけれど……。
この穴だらけの町でまわり道しながら歩いていくのも悪くない、と思わせてくれる一冊。
途中に目次を挿んだ後、各々のエピソードが再び動きだし、既発の作品まで巻き込みながらひとつの世界観へ繋がってゆく“仕掛け”も、斬新で深い。
ちなみに本書と同時発売の『夕方までに帰るよ』は、2010~11年にかけての連載デビュー作品に大幅加筆修正をしたもの。
帯の「偽りの幸せは、絶望の味がする」というコピーに胸を掴まれた人は、2冊同時に読んで損ナシ!
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69