「エニグマバイキング」は時代ものの妖怪グルメ。主人公の陣道はバケモノの肉を売りさばく「闇食い」を生業とする男。得体のしれない食材を試すため、毒見役の少女・みやことともに旅をする。特異な設定をこの短いページでサラリと伝え、陣道とみやこの関係性、「闇食い」と顧客の関係性などを描きつつ、妖怪の肉をおいしそうにほおばるみやこの描写に1ページを割くというページ配分の上手さに舌を巻く。商売としての「闇食い」の社会的役割が物語中でしっかりと語られていて、荒唐無稽になりそうな存在に説得力を持たせている。
ラストを締めくくる中編作品「虚無をゆく」はずっしりとした手ごたえを感じさせる物語だ。
ごくありふれたように見える団地の日常。団地に住む少年ユウにとって、家族と友だちと"おねいちゃん"がいたそこは理想の世界だった。
そんな平穏が時おり破られることがあった。団地の上の夜空に突如現れる巨大な怪魚。それは団地の外に広がる虚無より来たるモノ。そして、その怪魚を叩きのめす巨大なロボットの腕! ごくごく日常的な光景が一変する導入部から、一気に物語世界に引きこまれる。
ユウが住むのは頭部に都市級団地型居住区を擁する超大型宇宙船・盤古(ばんこ)! そして盤古が進んでいたのは無限の虚無だった。怪魚を資源として取りこみ、盤古は虚無をゆく。物語の開幕とともに次々と明かされるこの世界の仕組みに驚かされる。
ユウが"おねいちゃん"と慕う近所の少女の口から語られる、団地妖怪サロの噂。怪魚との遭遇後に催される祭りの晩、上空から降って来たサロはユウに向かっていっしょに来いと語りかけてくる。ユウを守ろうと"おねいちゃん"は果敢にもサロに立ち向かうが、サロが放った一撃が"おねいちゃん"を襲う。
団地、怪魚、超大型宇宙船、団地妖怪、AI、クローン――。
どんでん返しを繰り返しながら一見バラバラに見えるさまざまな要素がふんだんに投入され、ラストに向けて集約されていく。
なぜ怪魚は虚無をさまよい盤古に襲いかかってくるのか。無限の虚無を旅する盤古のAIはさみしくないのか。そして"ぼく"はなんなのか。
書評やレビューなどで全容を知ってしまう前に、是非実作品を読んでダイレクトに打ちのめされてほしい。
前菜がわりで軽い口当たりの「竹屋敷姉妹、みやぶられる」に始まり、引きだしの多い多彩な作品を経て、最後にずしんと胃の腑に落ちるヘビーな「虚無をゆく」で締められる。硬軟、軽重取り揃え、いずれも満足できる理想的な短編集だ。
<文・秋山哲茂>
フリーの編集・ライター。怪獣とマンガとSF好き。主な著書に『ウルトラ博物館』、『ドラえもん深読みガイド』(小学館)、『藤子・F・不二雄キャラクターズ Fグッズ大行進!』(徳間書店)など。構成を担当した『てんとう虫コミックスアニメ版 映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』が発売中。4コマ雑誌を読みながら風呂につかるのが喜びのチャンピオン紳士(見習い)。