『眠れない夜のおはなし』
橘裕 白泉社 \429+税
(2014年8月5日発売)
橘裕先生、待望の本格ホラー読切集。読者以上に作者が「待望」だったようで、全編にホラー映画好きの琴線に触れるシチュエーションが盛りだくさん。フラッシュバックする殺人の記憶、原因不明の感染症で人だったものが人を喰らう生き地獄。そこら中が血まみれで腸がぶち撒けられ、脳漿がシミを作る。目を背けたくなるような場面においても作画がしっかりしてるのは、作者が好きでなければできないことだ。
どの話も、ふしぎに後味が爽やか。それは「絶望を通過したあとの希望」が描かれているからだ。グロ表現はグロに終わらず、その先にある仄かな光をまぶしく輝かせる。
死人に口なし、ゾンビはしゃべらない。亡者が生者を恨んでるなんて、こちら側の勝手な思い込みだ。強い想いはゾンビにも宿り、生きる屍にも生きがいは(死にがい?)はあるかもしれない。体温のない死体を愛おしく思えるマンガってステキだ。
オビで「取扱注意!」と警告してますが、ホラー苦手だからと手に取らないのは大損。「欲望列車」や「あの森に沈む月」は恋愛寄りで怖くないですよ、とあえて警告に逆らっておこう。ホラーを読んだはずなのに、ほんのり心が温かくなる作品だ。
<文・多根清史>
『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』『超ファミコン』(ともに太田出版)など。