奈良の風景もキャラクターと同じくらい重要だった
——澄花は暁生が好き。暁生は男の子が好き。そして千夏は澄花に思いを寄せている。幼なじみで、いとこ同士でもある3人の三角関係はとても複雑。ですが、同性愛も異性愛も同じようにフラットな印象です。
ふみ 百合要素を入れようというのは、担当さんの意向だったかな? たしか、担当さんは「女の頭」(『女の穴』収録)を気に入ってくださっていたので、その名残があったかもしれません。
——千夏は、澄花が自分の双子のきょうだいである暁生を好きなことも知っていて、そのうえで自分の感情をどう出すべきかすごく心得ていますよね。
ふみ そうですね。でも、聡明な女の子ではありますが、それなりに千夏も悩んできたとは思うんです。ただ、そこまで描きこんでしまうと1巻では収まらなくなってしまうので。
——3人の恋愛が主軸になっているようで、一方これからの人生を考えなくてはならない高校3年生の一年間を切り取ったことはこのドラマのなかで重要ですよね。
ふみ じつは、一番の描きどころは、春から春までの季節を描くこと、この奈良の風景だったと思っています。当初はなんとなくと舞台を奈良に決めたのですが、あとあと効いてきたように思います。
——どんな時にそれを感じましたか?
ふみ 奈良らしい風景を入れることによって、画面が語るものが変わると思うんです。たとえば山を描く、道ばたの草などを入れるだけで、人間の感情が変わるというか……現実でもそうしたことはあるんじゃないでしょうか。自分が高校生だったときにどんな気持ちだったかを思い出して描くよりも、風に揺れる葉っぱのほうがキャラの心情を雄弁に語ることがあるんじゃないかと。それから、奈良のどこか閉鎖的な雰囲気がストーリーにも影響を与えているんじゃないかとも思いました。
——なるほど。土地柄もひとつのキャラクターのように作用しているということですね。
ふみ 引き合いに名前を出すのもおこがましいんですけど、たとえばあだち充先生はあまりモノローグを入れずに、表情や風景によって表現していますよね。そういうことができたらいいなと思うんです。
——あ、すごくピンときます、それは!
ふみ 日本人ってそれぞれ自分の中に季節のイメージがあると思うので、作品を読んでそこを感じ取っていただきたいなと。
——本作のなかで、特にお気に入りの場面はどこですか?
ふみ 一番気に入っているのは、まさに風景だけのページなんですけど。
——おお、キャラがひとりもいないページですか(笑)。
ふみ これは私が奈良で資料写真を撮って、すごく上手なアシスタントさんにイメージを指示して描いてもらったページなんですけど。自分が描いたかどうかとかはどうでもいいんです(笑)。とにかく、すごく気に入っている絵なんです。
——ちなみに、これが「さきくさ」の花ですよね。
ふみ そうです。
——奈良にゆかりの深い花なのでしょうか。それとも、ふみ先生にとってもともと思い入れのある花?
ふみ いえ、じつはタイトルに悩んだ時に、いろいろ調べてて知ったんです。さきくさは、「三椏(みつまた)」とも言って、枝も花も3つに別れる花なんです。三角関係の話なのでモチーフとしてちょうどいいじゃない、と。ちなみにカバー下のデザインにも使ってますので、見てみてください。