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おざわゆき『あとかたの街』インタビュー【前編】少女の目を通して描かれる戦時下の”日常”

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2015/03/16


『凍りの掌』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞した実力派の作者が、太平洋戦争末期の名古屋大空襲を題材に描く『あとかたの街』。昨年「このマンガがすごい!WEB」8月のランキング オンナ編で第1位になると、『このマンガがすごい!2015』本誌のオンナ編でも20位にランクイン。戦争マンガでありながら、老若男女を問わず幅広い層から支持を集めている本作の魅力を探るとともに、作者おざわゆき先生の作品へのこだわりに迫る!

おざわゆき

愛知県出身。

高校生の時に集英社の少女マンガ誌「ぶ~け」でデビュー。代表作に夫・渡邊博光との共著『築地まんぶく回遊記』(ぶんか社)、『築地あるき』(飛鳥新社)や、実父の体験を描いた『凍りの掌-シベリア抑留記-』などがある。現在、「BE・LOVE」(講談社)にて『あとかたの街』を連載中。

Twitter:@yukiozawa

『凍りの掌』から『あとかたの街』へ

――『あとかたの街』1巻のあとがきに、連載開始までの経緯が触れられています。もう少しそのあたりのことをお聞かせ下さい。

おざわ 以前、『凍りの掌』[注1]という作品を自費出版し、コミティア[注2]で出展していたんです。

――おざわ先生はぶんか社さんで築地食べ歩きのマンガ[注3]も描かれていますが、どちらが先ですか?

おざわ 『凍りの掌』です。それをやっている時に築地のマンガが始まりました。食べ歩きは趣味の延長のようなものですけど、食べられないマンガと食べるマンガをやっていたんですね。

――なるほど(笑)。その同人誌版『凍りの掌』(全3冊)を1冊にまとめたものが小池書院さんから出版され、それが第16回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門(2012年)で、新人賞に選ばれました。

おざわ先生の名を広めた『凍りの掌』。お父様の体験をもとに、壮絶で過酷なシベリア抑留の日々を語る。

おざわ先生の名を広めた『凍りの掌』。お父様の体験をもとに、壮絶で過酷なシベリア抑留の日々を語る。

担当 ちょうどその受賞作品展にウチ(「BE・LOVE」)の編集長が出席していて、おざわ先生とお話されたそうなんです。

おざわ 「次はどんなお話を描くんですか?」と聞かれたので、「『凍りの掌』は父の体験談なので、次は母の戦争体験をもとにした作品を描いてみたいと思ってます」といった立ち話をしたんです。その時はそれで話は終わったんですけど、後日メールが来て、「先日の件ですがゆっくりお話ししませんか?」と。

――おお、話してみるものなんですね。

1巻のあとがきに連載開始のいきさつが。主人公・あいのモデルとなったお母様のほんわかした雰囲気もすごくすてき!

1巻のあとがきに連載開始のいきさつが。主人公・あいのモデルとなったお母様のほんわかした雰囲気もすごくすてき!

おざわ 授賞式が2月だったんですが、3月にはもう「BE・LOVE」(講談社)さん[注4]で描くことが決まっていました(笑)

――それは早い! 「BE・LOVE」さんは女性誌ですが、読者層的に戦争マンガをやることに不安はありませんでした?

担当 「BE・LOVE」の特徴としては、家族全員で読める雑誌ではないかと思っています。

――エロやBLはありませんしね。

担当 そうです。全年齢に向けて、2世代・3世代にわたって安心して読めますし、いろいろなテーマの作品があります。もちろん戦争マンガというだけで拒否反応を示す人もいるとは思いますが、おざわ先生の作品はとても読みやすくて、スッと入ってきます。読むことに対する、読者のハードルが低いんですね。ですから、そういった不安とかはいっさいありませんでした。

――戦争マンガの雑誌連載作品って、あまり聞かないですよね? 最近でこそ『あれよ星屑』[注5]などがありますが。

担当 おっしゃるとおりです。大半の戦争マンガは単行本でも上下2巻程度、それも描き下ろしで、事前に準備をしていた作品が多いんです。『あとかたの街』は月2回の毎号連載です。読者と一緒に走り続ける連載作品で戦争モノとなると、あまり聞いたことがありません。しかし、おざわ先生の描く名古屋というのがクリアにイメージできましたし、企画段階から編集部の誰もが読みたがっていました。

――実際に連載してから、読者の反応はどうでした?

担当 この作品を象徴するのは、第1話目だと思っています。「戦争マンガ」と聞いた時に誰もが思い浮かべるイメージを、いい意味で覆してくれました。生活面がしっかり描かれていて、とても好意的に読んでくださる読者さんが多かったです。

主人公のあいは女性車掌さん(男性車掌が兵隊にとられて不足していたため、女性車掌が登場!)の颯爽とした姿に目を輝かせる普通の少女。彼女の瞳にまだ戦争の暗い陰はない。

主人公のあいは女性車掌さん(男性車掌が兵隊にとられて不足していたため、女性車掌が登場!)の颯爽とした姿に目を輝かせる普通の少女。彼女の瞳にまだ戦争の暗い陰はない。

――月2回連載で1話が24ページとなると、週刊連載に近いようなペースじゃないですか?

おざわ どうでしょう? 1週間でネーム、残り1週間で作画というのが理想なんですけど、基本的に作画は私ひとりでやっているので、なかなか忙しいです。

――全部おひとりで?

おざわ トーンの処理だけアシスタントさんにお願いしています。でも作画は資料を見ながらひとりで描き込んでいるので、時間がかかっちゃいますね。

戦争マンガでめずらしい丁寧に描かれる戦時下の「衣食住」

――2月に話があって3月には掲載決定……と、それだけ早く決まっちゃうと、準備期間はなかったんじゃないですか?

おざわ いえ、準備期間自体は長かったですよ。年末に第1話を載せることになったので。

担当 第1話の掲載は2014年の2号なんですが、発売日は前年の12月28日です。ですから準備期間はおよそ9カ月ありました。

――その9カ月間に取材や資料集めをしたと思います。今年は戦後70年、もう戦争を知っている人もかなり少なくなってきました。

おざわ そうですねぇ。『凍りの掌』はシベリア抑留[注6]の話でしたが、抑留体験者は今、下限が90歳になります。しかも毎年1割ずつお亡くなりになっているので、年々お話を聞くことが困難になってます。戦争体験全体の話だと、もう少し若い年代まで入りますが、それでも物心がついていて戦争の記憶がある方となると、80歳以上になってしまいます。

――取材後、以前と変わった印象は?

おざわ 新たに知ることがたくさんありました。たとえば「空襲はたいへんだった」とかは、資料を見てもわかることです。取材をすると、実際にその場にいる感覚、が少し理解できるというか……。

――生の感情。

おざわ そうです。記録からは感情は伝わってきません。記録ではないものを描きたい、という気持ちがあります。「これは戦争の記録を描いたものだな」ということではない、お話しを描いていきたいです。

――その取材中の証言にしても、終戦から70年も経ってますから、どうしても思い違いや記憶が曖昧になっているところがあると思います。

おざわ それはしかたないと思います。言いたくないことは絶対に(証言として)出てきませんしね。ですから私が聞いて、感じたように受け取ります。

――反対に、70年経っても鮮明におぼえていることもあると思います。

おざわ そうですね。子ども時代の話だけどこれだけは覚えてる、という話はよく聞きます。

――どういった内容でしょう?

おざわ やっぱり食べものですね。「食べたくても食べられなかった」とか「アレはおいしくなかった」とか。私の母はよく「ローマ字を勉強し損ねた」と言ってます。ちょうどローマ字を勉強する時期に空襲にあって、そのあともきちんと習う機会がなかったから、いまだにあやふやだそうです。だから「みんなは普通に読めるけど、私は損してる」と。

子どもたちはめったに食卓にのぼらない卵焼きに大興奮! 当時の父親の家庭内のポジションなども興味深い。

子どもたちはめったに食卓にのぼらない卵焼きに大興奮! 当時の父親の家庭内のポジションなども興味深い。

――資料はどうやって探してますか?

おざわ 担当さんに講談社の図書館から探してもらったりしてます。今では出回っていない本とかもあって、すごいんですよ。ただ、全体的に言えることなんですが、戦史や軍艦についての資料はたくさんあるんですけど、「銃後」[注7]の生活に関する本は少ないんです。

――いちばん苦労するのは、当時の生活が見えてこない点?

おざわ そうですね。特にこのあたりの時代は、毎年どんどん変化してるんです。配給で手に入ったものが、次の年にはなくなっていたりするんですね。なので、時代設定によってはこういう描写はありえない、というようなことがけっこうある。

――戦争というと「ものがない時代」と思いがちですが、じつは「ものがなくなっていった時代」なんですね。

おざわ 「十五年戦争」[注8]の期間、最初、日本は勝っていてイケイケドンドンなんですけど、だんだんと旗色が悪くなってきて、物資がなくなってきます。きれいな着物も着られなくなって、おしゃれができなくなり、きらびやかなものがなくなっていく時代です。年代によっては、もんぺの柄も変わるんですけど、最初の頃はわりと華やかな柄も多いんですよ。

――1巻でお父さんの国民服を仕立て直したもの、すごくかわいいですね。

学童疎開に行く妹・ときのためにあいと姉が作った上着。とってもかわいらしくできたが洗ったとたん……。

学童疎開に行く妹・ときのためにあいと姉が作った上着。とってもかわいらしくできたが洗ったとたん……。

おざわ ありがとうございます(笑)。着物に関しては、好きで描いているところもあるので……。いつも「なんで自分はこんなに着物を凝って描いてしまうんだろう……」と思いながら作画をしてます。

――戦時中の「衣食住」の「衣」が描かれている作品は、めずらしいです。

おざわ それは私の趣味も入っているんですけどね。着物の柄って、じつは世相を反映するものが多かったんです。特に襦袢は華やかで、兵隊さんの図柄とか、飛行機の図柄なんてのもありました。

――2巻のカバーがそうですか?

2巻のカバーイラスト。左の女性の羽織に注目。飛行機、日の丸、ラッパ、大砲……と勇ましく華やか。

2巻のカバーイラスト。左の女性の羽織に注目。飛行機、日の丸、ラッパ、大砲……と勇ましく華やか。

おざわ これは羽織なので、羽織にもそういう文化があったかどうか本当はわからないんですけど、ただ布に関しては流行を取り入れる文化があったみたいですね。野球の柄とか、映画の柄とか、戦争の柄とか。

――なるほど。江戸時代には、庶民は顕微鏡なんか覗いたことがないのに、氷の結晶の図柄[注9]が着物で流行ったりしました。

おざわ 洋服と一緒で、流行をファッションに取り入れていたんですね。

――先生、今日はすてきなお召しもので。

おざわ ありがとうございます(笑)。これはスイーツの柄の帯なんです。今日(※取材日)はバレンタイン・デーなので。

――なるほど!

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  • 注1 『凍りの掌』 正式タイトルは『凍りの掌-シベリア抑留記-』(小池書院)。おざわ先生が実父の壮絶なシベリア抑留体験を聞きマンガ化したもの。2008年に同人誌として発表されると口コミで注目が集まり、2012年に小池書院から発売された。
    【きょうのマンガ】8月15日http://konomanga.jp/guide/8646-2
  • 注2 コミティア COMITIA。コミティア実行委員会が主催する同人誌即売会で、1年に4回開催される。オリジナルの創作物限定のイベントで、コミケなどとは異なり、2次創作物の頒布は禁止されている。現在は東京国際展示場(東京ビッグサイト)の東ホールで開催され、約3000サークルが参加。
  • 注3 築地食べ歩きのマンガ 『築地まんぷく回遊記』と『築地はらぺこ回遊記』が、ともにぶんか社より刊行。おざわ先生とご主人の渡邊博光氏が築地の名店を案内する実録グルメマンガ。
  • 注4 「BE・LOVE」 1980年に創刊された講談社の大人の女性向けマンガ雑誌。かるたマンガの『ちはやふる』(末次由紀)、『生徒諸君! ―最終章・旅立ち―』(庄司陽子)などストーリー性の高いマンガが多い。
  • 注5 『あれよ星屑』 山田参助による、敗戦直後の元軍人を主人公にした作品。月刊誌「コミックビーム」(エンターブレイン)にて連載中。敗戦直後が舞台だが、回想シーンでは戦時中の話がよく出てくる。第1巻は2014年「このマンガがすごい!WEB」6月のランキングのオトコ編で第2位(http://konomanga.jp/special/1943-2)、第2巻は2014年「このマンガがすごい!WEB」12月のランキングのオトコ編で第6位(http://konomanga.jp/special/15877-2/2) 【日刊マンガガイド】http://konomanga.jp/guide/3993-2
  • 注6 シベリア抑留 終戦後、投降した日本軍捕虜たちがソ連によってシベリアなどに労働力として移送され、長期にわたる過酷な抑留生活と強制労働を強いられた。これにより多数の人的被害を生じたことに対する日本側の呼称。ソ連のこの行為は「ポツダム宣言」に背くものであった。
  • 注7 銃後 戦争状況下において、「前線」である銃の後ろ、つまり、直接の戦場ではない後方、という意味で使われる言葉。
  • 注8 十五年戦争 昭和6年(1931)の満州事変から昭和20年(1945)の終戦までの15年間続いた戦争状態の総称のこと。
  • 注9 氷の結晶の図柄 雪の異称は「六花」といい、雪の結晶の形状に由来する。雪の結晶を初めて観察したのは紀元前の中国人で、それが平安時代に日本に伝わっていたため、言葉としての「六花」は古くから存在した。雪輪文様は安土・桃山時代の小袖にも存在するが、江戸時代の天保3年(1832)に古河藩主・土井利位(としつら)が顕微鏡で雪を観察し、『雪華図説』に88種類の雪の結晶図を掲載した。以降、雪の結晶文様は大流行し、着物の柄にも用いられるようになった。ちなみに細野不二彦の『ギャラリーフェイク』9集に収録されている「湯乃華と雪乃華」には、この「雪輪文様」の茶碗を騙し取ろうとする悪徳業者が登場する。

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